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耳の横で風がヒューッと鳴る夜、あの道を通ったら大きな木綿豆腐が流れてきた。地面の線の向こうまで続いてどこまでか見えない。
それを受け止める赤い革のジャケットを着ているおばちゃんがいる。下はマーブル柄のシャツで、胸の骨がなめらかにきしんで、私は色とりどりのそれをショーウィンドウで見かけたことのある別のシャツと重ねて素敵に思った。ジャケットも、シャツも、見えない下着も、黒いスカートも、白いスニーカーも、金縁のメガネも、銀色のイヤリングも、乳白色の豆腐はおばちゃんの全てを過ぎていき、こちらへ向かってくる。
塀の向こうで針葉樹が揺れている。風が吹き、紙粘土を丸めたような鳥が一羽やってきて、豆腐をついばもうとした。けれど、クチバシは豆腐の流れを通過して、鳥は空気を咥えた。風がまた吹いて、遠くでバイクのエンジン音が矢のように飛び去っていく。街が背中の方でしなっている。
目の前には大きな豆腐がある。あった瞬間はすぐになくなり、私の中をその大きな木綿豆腐は通過した。管や肉や骨や血が巻き取られながら、でも私は生きていて見ている。ふつうだ。コンビニのビニール袋を左手に持ったスーツ姿の男の人がむこうにいて、歩いている。急角度のY字路の斜めのカーブが、むかしコンビニで買った18禁の雑誌のなかの女性のくびれで、それはオリンピックのせいでもう売っていない。家の二階から見ているとレシートが出てくるみたいだろう。感熱紙を交換する。冷蔵庫の位置を確かめる。Yの頭をぐるりと回って男の人は後ろ姿になった。私の足の裏はアスファルトにくっついたまま、脊椎は地面に対して垂直のまま、いつでも海に行ける仁王立ち。暑い駐車場で密かに水着から服に着替えて、帰り道の車で熟睡する子どもだった。
風がまた吹いて豆腐は最後まで流れていった。針葉樹が揺れる音がする。左の柵の向こうで灰色の猫の眼球が光って、その光は見えなくなる。こぼれた水が流れていて、私は裸足で、夜風が足の指と指の隙間を通っていく。衣服を着ていないけど誰にも怒られなかった。全身の毛がなくなって雲の隙間からの光を肌の上に見たあと、私は坂を転がった。街の一番底の部分まで眠って、起きたら同居人が昔の手紙を見つけたみたいな声で「おはよう」と言った。庭先にはソヨゴが風になびいていた。
Photo: Photo:Body Arts Laboratory