Whenever Wherever Festival 2021

都田かほ|こんにちは男

都田かほ
《こんにちは男》

出会うものすべてに「こんにちは」と言う男がいた。
男は目に入るものすべてに挨拶をしていた。
それはそれは丁寧にお辞儀をしていた。
バレリーナのように、ピンと伸びた指で見えないスカートをつまみ、右脚を優雅に後ろ側までくねらせてから膝を曲げ、首を恭しくかしげるのだ。

ある日男はお辞儀をしすぎて、首がかしげたまま動かなくなった。
男の顎は男の胸にぴったりとくっつく。
その時お辞儀をしていた相手は橋を支える右から4本目の柱で、柱は笑いながら言った。
君はなんてお調子者なんだ!

男はもがく。どんなに力を入れても顎は剥がれない。
ピンと伸びた指で耳を引っ張っても1ミリも動かない。
耳を引っ張っては息が切れ息を整えては耳を引っ張りまた息が切れてはまた整えまた引っ張り
男はくるくる転がりだした

すべての柱にぶつかりピンボールのようにはじき出され
あらゆる車の塗装を剥がし
道ゆく人をかすめては
ああこんにちはと言わなくちゃと思い出しながら
どこまでもどこまでも転がる転がる

自分の来た道を思い出す
はじめて挨拶した人を思い出す
地面の匂いにくすぐられる
血の匂いを思い出す
擦り傷を見つける
急ぎたくなる
灰色 灰色 線 黄色 灰色 白 じゃり きら 灰色 灰色 粉 紙 灰色 線 灰色
声を思い出す
目を思い出す
灰色 灰色 段 土 灰色 灰色 水 灰 黄色 白 灰色 灰色 灰色

ぶつかる
止まる
大きな巨人の足元
男は息を整える
巨人の顔は雲に隠れている
男はもう挨拶を思い出せない
しかしその顎は手はゆっくりと巨人へ向かう
あなたは敬礼ができますか
その大きな人が見えますか

Photo: Photo:Body Arts Laboratory

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