Whenever Wherever Festival 2021

山野邉明香|さるの話

山野邉明香
《さるの話》

この街には1000匹のさるが住んでいました。
あるさるは、白いタイル張りの四角い、三階建ての古いマンションの1室に1人で暮らす、40代半ばの女に飼われるかっこうで暮らしていました。

女は小さな酒場をまわって歌をきかせるシャンソン歌手でした。
女は家の中でも外でもいつもいろいろな素材の青い服を着ていました。昼過ぎに起きてきて、軽い食事をとり、ストレッチや喉のウォーミングアップをして、夕方過ぎに出かけていきました。

さるは女の言葉も、言葉にしていない考えや気持ちも全てわかっていましたが、わざと食べ物を散らかしたり、キイキイ騒いだりして、何もわからないさるとして寝たり起きたり、籠の中におさまったりして女の話を聞いていました。

シャンソン、酒場、女、1人、と湿っぽいドロドロした話が聞けそうな感じがしますが、女はたいそう素朴な性格で、今日の天気は、とかお腹が空いたとか、その辺のさるとか鳥とか、ひょっとすると木や虫と対して変わらないことしか考えていませんでした。
なんでシャンソンなんて歌っているのでしょう。あまりにも素朴な性格なので、ドロドロしたものに憧れたのかもしれません。

一方でさるは噂話が大好物、湿っぽくドロドロした性格なので、女の話をびっくりするくらい面白くないと思い退屈していました。
女が夕方過ぎに家を出ると、さるも度々女にわからないようにこっそりと街に出かけていました。

家から出るとさるはタクシーになりました。さるは変形することができるのです。さるの変形は見事なものでしたが、1匹のさるがタクシーと運転手に変形しているので、運転手になった部分は座席から立ち上がることができませんでした。ときどき大きな荷物をトランクに入れたいというお客につかまることもありましたが、腰が痛いとか適当なことを言ってなんとか立ち上がらずにやり過ごしました。

ムニっとしたタイヤが舗装されたアスファルトの上を滑らかに転がる感触はなんとも気持ちがいいのです。さるがタクシーになっているのはもっぱら夜でしたが、とても暑かった日のまだ温かいアスファルトや、雨の日の濡れたアスファルトが特にお気に入りでした。雨の日の移動はさるとしては鬱陶しく大嫌いなのですが、タクシーになると大雨も強風も何もかもが最高、爽快、大好きでした。
雪は冷たすぎて嫌いでしたが。

この街は都会ですが閑静ともいえる雰囲気があり、細い裏路地と呼べるような道もたくさんあるのですが、どの路地も同じような雰囲気で、方向音痴のさる、雰囲気で進むタイプだったので、しょっちゅう道を間違えて自分がどこにいるのかわからなくなりました。しかしいつも同じ植え込みのところでタクシーからさるにもどって家に帰りました。

Photo: Photo:Body Arts Laboratory

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