Body Arts Laboratory

振付家・山崎広太が文化庁海外研修について寄せた手紙 Part 2

文化庁「実演芸術家等に関する人材の育成及び活用について」への意見

次に、振付家志望者が2年間の研修を行う例に関して、具体的な感想を言いたいと思います。1年を過ぎる頃から、ここで活動したいという欲望が確実に募ってきます。つまり2年間の研修者は、NYで自分の作品を発表する目的を当初から持つべきだと思います。逆に、2年間、NYにいながら、ただクラスと家を往復するだけの安定生活を持続することは、まったく意味がないことです。NYのパフォーマンスのスケジュールは、かなり前から決まっていくので、1年が過ぎた頃から活動を考えるのではなく、すでに研修を始めた段階で計画していたほうが、いいと思います。運がよければ、作品を発表する機会に、日本以上に、たくさん恵まれます。何故かというと、日本では、作品を発表すればそれ一度きりで終わりのことが多いのですが、こちらでは、何回も再演し、作品を育てていくという、作品の創作過程を重要視するからです。

活動を継続できると、3年目に突入していきます。そのような方々は、いままでの1、2年で貯めたお金で、もう1年、NYにいることを決断し、活動も継続して行ったため、ビザもおりやすくなります。3年目の研修制度も考えられますが、それは必要ないと思います。自らの意志でどうするか決めることが重要です。しかし、3年間いるとやっとこちらの文化が認識でき、少しずつアメリカ人社会の中に入っていことができます。これがもっとも重要なことで、NYというと都市機構、アメリカ社会、その中における自分のアイデンティティが認識でき、自分の作品の方向性、アーティストとしての自覚が芽生え、この場所で作品を発表することにつながっていくのです。2年間だけでは、外に目が向かず、自分のエゴを押し通すことのみに意識が置かれがちです。そういう意味でも、2年間の研修者、その間に現地での活動を希望する方々は、事前の綿密なリサーチが必要に思います。こっちに来てから、初めて、2年間の自分の在り方を思い描くようでは遅いのです。


研修者選考の基準に少しだけ触れますと、私個人では、ダンステクニック取得のみを希望する30歳代の方の研修には疑問を感じます。私は30代を過ぎてからモダンダンスを始めたので、お金を叩いても、海外でのダンス・フェスティバルへ参加することは必要不可欠でした。しかしアーティストは通常、30代では自分の世界ができあがりつつあるものです。特に、ダンサーで30代になって、一年間、NYの10代、20代の生徒に交ざって毎日クラスを受け、充足するような日々を送ることは、あまり意味がないと思われます。ダンサーとして一番いい時期に長期の研修を入れ、ブランクをあける必然性はないと思います。

それでしたら、短期のダンス・フェスティバル研修のほうが向いているかもしれません。ある程度ダンサーとして確立された30代の方と、20代の方、さらに、ダンサー・振付家としてキャリアをはじめたばかりの方が研修するのでは、吸収する度合いや、海外で研修する意味合いが大きく違ってきます。身体の在り方も、20代と30代では確実に大きく違うのです。振付研修の場合は、さらに、広い視野をもつことが目指されますので、30代以上の研修も、あって然りだと思います。


まったく個人的で恐縮ですが、上に述べた意見をまとめると、以下となります。

  • ダンス・フェスティバル研修にさらに重点をおく。
  • ダンサーとしてのテクニック向上志望なのか、振付家志望なのか選択する。
  • 20代の研修のなかに1年制も導入する。
  • 30代以上の研修に対しては、基準をシビアにする。
  • それぞれの国の研修者に対してアドバイザーが必要なのでは?
    (余談ですが、山崎が立ち上げたオーガニゼーション、Body Arts Laboratoryは今後、海外の情報発信にも貢献したいと考えております。)
  • 2年研修で研修国での活動も考えている方は、事前のリサーチ、計画が必要不可欠。

最後に、裕福な研修生の方々の生活に対して、貧乏生活でサバイバルしている者からすれば、嫉妬さえ禁じえません。ありきたりのようですが、アーティストとして重要なのはハングリー精神ではないでしょうか。経済的にというよりは、もっと、精神的に、新しいものを得たい、触れたい、挑戦したいというような、強い意志をもって、研修されることは、特にNYでは大切なことかもしれません。これから研修される方々が充実された経験をされますことを願って。

山崎広太[2009.3]

Photo: Ryutaro Mishima

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