Whenever Wherever Festival 2019

未来talkしませんか?

〜ダンスを疲弊させない新しいコミュニティへ向けて〜
〔続・ひらく会議〕

8/16[金]17:00−
SHIBAURA HOUSE
入場無料

パネリスト:Aokid、小山まさし、木村玲奈、黒田育世、桜井圭介、佐藤美紀、島地保武、下村唯、砂連尾理、田村興一郎、福留麻里、Von・noズ、龍美帆(順不同)
企画・司会:山崎広太


1980年代、欧米から多くのカンパニーが来日し公演が行われました。それに触発された若いダンサー、コレオグラファーは、精力的に作品を創り、海外で通用するコレオグラファーが多数輩出され、新しい日本の大きなダンスの流れが出来上がりました。しかし、多くのコレオグラファーは、自身の作品を作り続けることに精一杯で、個人を超えた文化の形成や出来上がった大きなソサエティーを、それほど意識することはありませんでした。現在、日本のコンテンポラリーダンスは疲弊状態にあり助成金も次々にカットされている状態です。身体にフォーカスし、身体間の対話を実践するダンスは、様々な分野との横断が可能であり、人の本来的な在り方や生き方を探る上で、もっともスリリングに展開しうる可能性と、奥深いところで人々をつなぐ普遍性がある芸術であろうと思います。

そして、この時期だからこそ、アーティスト主導型のコミュニティ形成に向けて、ダンサー、コレオグラファー、スタッフ、そしてそれを目撃し共に文化を形成していく観客の方々、関係者の方々が一同に介して、世代間を超えた、話し合いをしてみませんか? アーティスト同士が意識し、コミュニティを作り上げる事で、初めて社会における認知、主張が実現するのです。コミュニティ形成が必要不可欠なのです。抱えている問題を出し合い共有し、解決のために、みんなの力で努力し、少しでも改善の道を切り開くことによって、ダンスがより一層発展できるのではないでしょうか。


質疑内容

山崎広太

今回この会議において、皆様から多くの言葉をお聞きし、それを参考にして何か将来的に実りのあることができたらと思っています。僕にとって、主にお聞きしたいことが二つあります。一つには、ダンスと生活を、どのようにバランスよく営むことができると考えているか、についてお聞きしたいと思っています。もう一つは、そろそろダンスのプラットフォームを立ち上げた方がいいのではないか?ということに対する意見です。そしてこの二つの提起を支えてくれるのは、ダンス関係の方々はもとより、一般の方々も共に考え作り上げていくコミュニティーなのではないかとも考えます。このコミュニティーを通して、互いのことを知り、互いが助け合うことによって、この場所、例えば東京で生きるアイデンティティが自ずから芽生えます。そのことによって、また新しいダンス環境が開かれ築かれていくのではないかと思うのです。

築かれたコミュニティーにおける重要なことは、それぞれのアーティストの作品を積極的に見に行き、サポートし合うなど以外にも、例えば、誰かが、前例のない、社会的なことと結びついた、新しいアイデアのプロジェクトを立ち上げたら、サポートしあうなど。多くの方がサポートすることによって社会的な認知にもつながり、また現在のマンネリ化して行き詰まり、閉じたこの社会のシステムをも打破し、開拓することにもつながっていくと思うのです。その閉じた社会のシステムにおける、例えば、政治、食品、経済なら開拓の余地が存分にあることは皆様もご存知だと思うのですが、同じくダンスにも開拓する余地がかなりあるのではないかと僕は思います。

身体、から全ては始まります。そして身体芸術であるダンスは、人間や社会にとって根源的なあり方を問題、提起し得るアートです。また人間誰しもの基盤である、身体を通すことで、Interdisciplinary(異分野横断)的な発展の可能性が大いにあります。例えば、商品開発、ファッション、建築など、全てにおいて身体を通した思考が介在してきます。現在のウェンウェアフェスは、そのような異分野横断的な思考の実践も、目的の一つとしています。そして誰もが身体、ダンスを通して自由かつ非ヒエラルキー型のコミュニケーションが可能であるということです。例えば、身体を通して、それぞれの土地の発見ということをテーマに企画を行えば、普段出会うことがないであろうNPO法人同士を繋げることができます。身体、ダンスを通すことで、多くの人や異分野の関係を繋げることができるのです。多分若い皆さんの方が、より自由な発想の素晴らしいアイデアを、お持ちではないかと想像します。そして、もしそのような企画が生まれたならば、皆でサポートしませんか?そのような社会や生活に根ざした横断型のプロジェクトが多く生まれ、多様なプロジェクトが現実化した上で、個々のアーティストとしての作品創作も行われることが理想ではないかと思っています。もちろん、そのようなプロジェクトそのものが劇場で上演する作品に繋がっていくこともあると思います。何故なら、ダンスは生活と共に育むアートであるからです。それ故、今後のダンスアーティストはダンス以外にも、多くの知識と教養を身につけることが必要だと思っています。  

僕は、僕の妻(西村未奈)と共に、ニューヨークで17年間住んでいました。ニューヨークと日本を一概に比べるべきではないのかもしれませんが、それでも、日本とニューヨークを行き来する生活を送っていたため、身体芸術を取り巻く環境の違いを感じずにはいられない状況に置かれました。ニューヨークには問題はありつつも、強いシステム、コミュニティー、強い人の関係で身体芸術が社会において成立しています。逆に言えば、強固に出来上がったシステムに自分が入っていかなければならない立場に置かれます。しかし、日本は、まだ全てが試行錯誤で、未開拓であるが故に、いろいろな隙間があり、日本独自のプロジェクトが多く立ち上がる可能性があるように思っています。また、これからの時代、アーティストが何か一匹狼で世界を変えることが難しいのではないかと思っています。皆で、緩やかでもコミュニティーを築く努力をし、そのコミュニティーの力によって変革や文化の進化が実現できるのではないでしょうか。もちろん、コミュニティーに対する反発や、一匹狼でいることが好きなアーティストも多くいると思います。でもコミュニティーとは、無理やり集うことではなく、緩やかなコミュニケーションによって多種多様なアーティストがネットワークを築くことです。 [次ページに続く]

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Photo: Photo:Body Arts Laboratory

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