Body Arts Laboratorycritique

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(C) Yohta Kataoka

伸ばされた右腕の手の甲に、枝と二枚の葉っぱのついたレモンが乗っているモノクロのチラシ。手の主は白井剛さん。手首の骨に特徴がある。伸ばした手の先の方向から光が当たっている。白井さんは、レモンが落ちないようにバランスを取りながら、このレモンを見ているのか、それとも、レモンの重力を手の甲から全身に感じて、その内側を見つめているのか、それともレモンと身体と空間の狭間のような場所で、目を閉じているかも知れない。公演を観る前はそんな想像はしなかった。《静物画 – still life》を観た体験は、私にそんな風に作用しているのかも知れない。

動態保存という形で、人が入り、使用することが許されている重要文化財、自由学園明日館の講堂での公演。人を待つ建物。人が入ることで建物も呼吸をする、会話のように。
池袋駅から歩いて数分、曲がりくねった道が角を折れた途端真っすぐになったその先の、広い夕闇空の下に低く明日館の灯りが見えた。木造の講堂の中に入ると、中央の長方形のスペースを囲む二辺に、見下ろすように客席が作られ、奥の数段の木の階段を上がった扉が開け放たれて更に小さなスペースがある。窓の外側に取り付けられた白いカーテンが風に揺れていて、それを見ているとどこか遠くに来たような気持ちがしていた。アールデコのデザインがされた木枠の窓が続いていて、直線だけれど波のように感じていた。

静かな講堂に耳を澄ます大勢の人。数個のビー玉が乗っている四角い木のテーブルを男性と女性が階段の上からゆっくり運んでくる。ビー玉が右に左に転がる音がして、それが落ちてしまいそうで、もし落ちたら、と不安になる。白井さんが小さなオルゴールを鳴らす為の楽譜に穴を開ける音がする。デッキブラシのような箒で床を掃く音がする。気持ちが軽くなる。短い曲が鳴る。ハンガーが壁に、女性の背中に、テーブルに掛けられる。揺れる。買い物かごを持って歩く。しんとした空気が5人の動きでゆっくり混ぜられていく。

軽やかで一人一人に似合った衣装のバランスが気持ち良い、初めて見る白井さん以外のダンサーの方たち。その女性が見覚えのある動きをして、あ、白井さんの動きだと思う。そう思うと、ダンサーの動きが白井さんの思考の軌跡を描いているように見えて、物と身体の往復がそこに現れているようにも見えた。軌跡、エコー、または残像。 白井さんが時々ふと4人から離れて壁にもたれて座り、それを眺める。私も少し、引いてみる。

床に、そこにはない窓枠と、木漏れ日の影が射す。降り注ぐ光の感触と時間の記憶。テーブルの上のグラス、グラスを鳴らしてみるスプーン、また、グラスが落ちたら割れてしまう、と思う。男性と女性が並んで、片足の甲にスプーンを乗せて歩く。スプーンが落ちる。拾って、また乗せる。何故か、ほっとする。その動きと、スプーンの重さを眺めている。

グラスに水が注がれる。耳を澄ます。音はスピーカーから拡大してグラスを離れ、耳を澄ませていた対象が静物と人から空間に拡大する。建物の視線のようなものを感じる。視線は往復し焦点は移動していく。自分の内側に浮かび上がっては消されていく感触を眺める。

四角いテーブルの上にしなやかに女性が乗る。柔らかさ。男性が乗る。質量、骨のこと。かすかな音響が更に小さなことに耳を澄まさせる。
林檎色と梨の色の衣装の女性。二人の周りに水の抵抗が現れて海の中に沈む。
一度だけ、青の光が射した。
二枚重ねのティッシュペーパーを一枚に剥がす。それと遊ぶように踊る。身に憶えのある軽さ、柔らかさ。空間にその重力が充ちる。

そうして重ねられたデッサンがいよいよ身体に満ちて一気に溢れるように、小さな振動の連続が大きな波を生むように、唯一流れた音楽で5人が踊る。そして、さっと引く。白井さんがグラスの水を飲むのを見て、身体の中へ流れるのを追いかけた。水はあふれて四角いテーブルにこぼされた。

目の前にあるものを描く時、そこにはないものを描こうとする時のことを考える。雲を見た時の心の動きを思い出してみる。触れないもののこと、輪郭のこと。人も、内側で流れている。

身体の色んな部位で音を出して、描きかけの線も吐き出すような白井さんのソロ。

最後、5人はゆっくりと糸に引かれるように、引いていく波のように、同じ方向へ向かう。少しだけ逆らって、風が止まる。

うえの・てるよ|言葉の執筆、朗読など]



《静物画 – still life》

構成・振付・演出:白井剛
出演:青木尚哉、鈴木美奈子、高木貴久恵、竹内英明、白井剛
舞台監督:夏目雅也
舞台美術:杉山至+鴉屋
照明:吉本有輝子
音響:宮田充規
衣裳:清川敦子

2011年10月27日-30日(初演2009年)
自由学園明日館 講堂
「フェスティバル/トーキョー11」プログラム

写真提供:フェスティバル/トーキョー事務局