Body Arts Laboratorycritique


TPAM in Yokohama 2014
横堀ふみディレクション
筒井潤+新長田で踊る人々
《新長田のダンス事情》
KAAT神奈川芸術劇場
大スタジオ

photo by
Hideto Maezawa

表情としての踊り

2013年に発表された森山直太朗の《どこもかしこも駐車場》という曲は非常にユニークだ。サビ部分ではひたすらに「どこもかしこも駐車場」という歌詞が繰り返される。単に「駐車場」という歌詞を言いすぎているという点だけでも人目は惹くだろう。かつて《さくら》や《夏の終わり》をヒットさせた森山は、この曲でも表現力豊かな歌声で抑揚あるメロディを歌い上げている。しかし、歩行の速度にもなぞらえられるだろう歌詞の連なりに現れる「駐車場」というモチーフは、歌声の起伏をただひたすら塗り込めるかのように反復される。足並みと風景、歌詞とメロディは引き裂かれ、胸に風穴が空いたかのようだ。
近頃は、ジャンルを問わずこのような表現によく出くわす。時代の空気というやつだろうか。

1.

そんな折、筒井潤+新長田で踊る人々による《新長田のダンス事情》という作品をKAAT神奈川芸術劇場で見た。1時間ちょっとの舞台作品だ。ダンスとは謳っているものの作品の外観は少し変わっているので、パンフレットから概要を引用しておこう。

《新長田のダンス事情》のプロジェクト・コンセプトは「新長田で踊る人に会いにいく」、2009年4月に始動した継続プロジェクトです。稽古場訪問やインタビューを基盤に、数々のイベントを盛り込みながら、リサーチと実践を往復します。2013年に5年目を迎え、3名の演出家、振付家、現代美術作家らが「新長田で踊る人々」と出会いながら、新たな舞台作品をつくる試みを始めました。今回はその中で筒井潤との試みを中心に、「新長田のダンス事情」における試行の軌跡、「踊り」や「ダンス」にまつわる様々な事情を現前させる試みです。

この作品は神戸の新長田に所在するスペース、DANCE BOXを中心として5年間継続して行われている「新長田で踊る人に会いにいく」というプロジェクトの中間発表的な側面を持っている。プロジェクト全体の多岐にわたる活動を上演という形式に合わせて切り出したものと考えていいだろう。また、出演者であるダンサー・踊り手はコンテンポラリーダンスの西岡樹里さんを除いて、朝鮮(趙恵美さんとパクウォンさん)、ミャンマー(北野マサァウィンさん)という国外、あるいは日本にとっては辺境にあたる奄美群島の徳之島(藤田幸子舞踊教室の方々)とそれぞれ異なったルーツを持っている。彼らはそれぞれの事情で現在新長田を拠点として活動をしている方々だ。

私自身、このプロジェクト自体に触れるのは初めてなので、今回見た公演を起点として書いていきたいと思う。まずはこの一風変わった公演が具体的にどのような要素で成り立っているかをざっとおさらいしてみたい。

舞台上手側には長机があり、出演者と演出家、それに通訳がその机を囲むようにそれぞれリラックスした状態で座っている。演出家の筒井が司会を務め、出演者4グループを紹介し、プロジェクトのエピソードを交えながら、それぞれのダンスを順番に発表してもらう。随時必要な情報は映像として下手スクリーンに映し出される。いたって簡素な面構えの舞台だ。終盤に出演者総勢+お客で踊るというある種の盛り上がりがあるものの、この平板な舞台に劇的な変化が起きることはない。

さあ、どうだろう。仮にもこの公演は「国際舞台芸術ミーティング」と題されたTPAM(=Performing Arts Meeting)内のプログラムだ。今でこそ「見本市Market」とは謳っていないものの、国内外のプロデューサーが多数集い、事実上商談がなされる場でもある。各団体はシノギを削り、作品と上演形式のパッケージ化に余念がない。そんな中にあって《新長田のダンス事情》は極めて異質な作品と言えるだろう。

今一度振り返ってみよう。舞台に登場し、座布団に腰を下ろした出演者たちをまずは筒井が紹介する。その際には、この日それぞれが持ち寄ったお菓子を解説するなど、かしこまったところはないばかりか、出演者どうしがすでにプロジェクトを通しての顔見知りということもあり終始楽しげな雰囲気で、彼らはいわば「出演者という素(す)」で立ち振舞っているように見える。同時通訳の伊藤拓さんも同様で、自身の立場を開示するように、出演者たちの忙しない言葉にときに翻弄されながらもマイク片手に奮闘している(実は彼、演出家・劇作家でもあり、もともとはお客さんとしてプロジェクトに接していたそうだ。このことは今回の公演のみならずプロジェクト全体の流動性、外周の広がりをも示してもいた)。

また「質問の時間」では、あらかじめ編集された映像がプロジェクターに映し出され、その映像の中で各出演者は自身のダンスやルーツについて語る。そんないくつかの映像のうち、動画ではなく静止画に音声と字幕を付け足して編集されたものが含まれていることから、これらの映像は今回の公演のために撮影・記録されたものではなく、プロジェクト全体として蓄積された資料をもとに編集されたものかもしれない。これらの映像がプロジェクトの時間軸に対してゆるやかな遡行を許すと同時に、本公演内ではごく最低限のガイドラインとして機能しているように思われた。筒井の進行は、このおおまかなガイドラインをなぞりつつも、堅苦しさはなく、流暢とは言えないまでもごく自然で軽快な語り口だった。2日間の公演中、私が観たのは初日の舞台だったが、2日目はまた異なるトークが展開されたと予想される。

これらの全体的なカジュアルさはしかし、演出効果の極めて乏しい照明効果、音響装置としてのラジカセ、プロジェクターを用い凡庸な流儀に従った一連のプレゼンテーションを含めて、堅牢な劇場空間との対比において微笑ましくはあるものの、それ以上の積極的な価値は見出せそうにない。バラエティ番組のセットにも形容できるだろう舞台と出演者の佇まいは私たちの前に無造作に存在している。私たちはこの舞台とどのように向き合えば良いだろうか。求められているのは様々な文化的コンテキストを共通の地平で扱う相対主義だろうか。それとも国際舞台を前提とし、「平等」を偽装したハイカルチャーの帝国主義だろうか。翻って、この作品自体がそのような眼差しや政治的な正当性をあぶり出す装置だとでもいうのだろうか。いずれにせよ、これらの企ては演出家=筒井潤によるものだろう。もっとも、彼は今私がしているような詮索を嗜めるように当の舞台上にいるのだが……。

2.

正直に言えば私はこの作品を見て、戸惑った。評価する以前に、あまりに無造作な風景へと作品の諸要素が散失してしまうように思われたからだ。しかし公演終了後、徐々に瞼の裏の残像、時間差で現れる疲労のように、ある感覚を伴って事の核心が浮かび上がるのを胸に感じた。おそらくこの作品はその一点からのみ開けるものだろう。それはほかでもない、出演者が披露する踊りである。

彼らが披露する踊りは、それぞれ異なったルーツを背景としてもっている。それを語ることが困難だと感じるのは、一つには私がそれぞれの持つスタイルや歴史性に対して無知だということももちろんだが、もう一つにはスタイルや歴史性以上に語り難いと感じるようなものがその踊りに表れているためだ。それはルーツを超えて遍在しているか、あるいはそれらの深層に横たわっている。

私が彼らのルーツに関して無知だったということは決して悪い条件ではなかったのかもしれない。むしろこの作品はある程度そのような人々に向けられているようにも思える。そして何よりもまず、出演者自身がすでにルーツを喪失しているとも言えるのだ。彼らが今踏みしめているのは「彼の地」ではない。
彼らの持っている歴史・記憶としての「型」は、ルーツを失っていると同時に、その行く先も不明瞭だ。確かに彼らは今、客席にいる私たちの前で踊りを披露している。何の飾り気もない舞台上でその身を晒す彼らは、私たちの色眼鏡が捉える格好の的である。しかし彼らはその視線を引き受けるでもなく抗うでもないやり方で踊り続ける。その眼差しの先は不思議と中空に漂っているように感じられる。足場を失い、羽を折られたような表現と書けば、まったく本意は伝わらない。が、少なくとも彼らの踊りは、その身体の個別性、人権という不可侵の領野に築かれた城などではない。

また、舞台上の会話の中で明るみになったように、彼らはなにもルーツとしての踊りをそのまま引き継いでいるわけではなく、少なからず創作的な要素を加えているようである。なかでも興味深かったのは藤田幸子さん(舞踊教室)と北野マサァウィンさんに共通した方法だ。2組は共通して、奄美とミャンマーそれぞれの民謡・歌謡曲を踊る際に用い、その曲の歌詞にインスパイアされて振り付け(手の動かし方)を決定するのだという。このこと、つまり歌詞における「不在への志向」が踊りの表面に奇妙な抽象性を与えているように思われた(不在について。補足として、前後の文脈を考慮しつつ、極端な例だがあえて1曲、亡くした兄について歌った森山良子の《涙そうそう》を挙げておこう)。

中断された眼差しと不在への志向(への志向)、これらは彼らの全身に変貌を促し、結果、彼らが用いる「型」は無数の「表情」へと解体され私たちの前に姿を顕す。ここで私が彼らの踊りに対して「表情」と呼ぶもの、それは厳密に言えば身体ですらない。時として「顔と体」という対比が成り立つように、「体」とは「顔ではない」という意味が含まれている。しかし彼らが、その身振りでもって顕すものとは「顔」であり「表情」なのだ。
顔に限っても、実に私たちは「表情」の世界を生きている。シアトル・マリナーズのキャップを被ったイチローの似顔絵に対し、まったく似ていないと感じたときに気付かされるだろう。「犬が飼い主に似たのか、飼い主が犬に似たのか」と問うとき忘れがちなのは、観察者がすでに犬にさえ「表情」を認めていることだ。それらは語られ規定されることなくただ生きられている。

人間のからだは部位によって温度がチャーミングにちがう。―ルートヴィヒ・ヴィトゲンシュタイン

風邪をひいて額に手をやる。熱があるな、と判断する根拠はない(私はどちらかといえば手を基準に額を普段より冷たく感じる)。他人や他の部位による診察を待つべく身体から引き剥がされた感覚、それらの接触からは(自らの身体に対してさえ)自ずと「表情」が現れる(チャーミングという曖昧さが実に良い)。ここではアクションとリアクションを分かつものは存在しない。顔だけでなく体にまで及んだ「表情」。踊りによる「表情」の出現はこの感覚に近い。

それは身体の内発性による結果でもなければ、主体の誇示でもない。藤田さんは踊りを終えて席に戻る際「あがっちゃった…」と呟いた。何と奥ゆかしい言葉だろう。この舞台がもたらしたのは、踊り手の「表情」と、私の身体の表面が振動するような経験である。ちょうど趙恵美さんとパクウォンさんが打ち鳴らす太鼓が私たちの鼓膜を震わせるように、すべての表情が私に触れている。私たちは共に踊ることを「意図する」よりも先に、まず表情をもって応えなければならない。


photo by
Hideto Maezawa

3.

この作品を語ることの困難は、「表情」をその機能へと裁断し、記述・確定することの困難さに由来する。細部を語り尽くすことが不可能というより、語ることがまったく意味をなさない不毛なことのようにも思えるのだ。私自身がこの舞台を見てすぐに判断を下せなかったという事実を普遍化するつもりはないが、たとえ批判的な感想を抱いた人にさえ「伝わっている」と言えるような接触にこそ、カジュアルな見かけに反して作品としての強さがあるのだと思う。なぜなら、それ自体良いとも悪いとも言えない「表情」が、確認されたのでも見過ごされたのでもなく、私の中に生起したのだから。

では、ここに見られる踊りの性質は、踊り手がそもそも初めから意図して実践していたものなのだろうか。だとしたら、この作品における演出とは何であり、筒井潤はどのような考えでプロジェクト本体からこの作品を切り出したのだろうか。

藤田舞踊教室の方々が舞台上で図らずもおっしゃっていた「私たち団体だから(振り付けが)合っていれば何でもいいのよ。」という冗談交じりのセリフが思い出される。確かに私が経験した「表情としての踊り」は、多くの人が集まれば事の細部で事実として行われていることなのだ。この点で言えば、それは「意図」はされていないものの、出演者が初めから持っていたものであり、筒井はその踊りを披露する舞台を用意し、いつも通りに新長田の調査員として振舞っているだけ、ということになる。
しかし本当にそれだけだろうか。そうは思えない。私が経験した「表情としての踊り」には確実に筒井の眼差しが介在しているように思われる。そこには相対主義だの帝国主義だのに抵触しかねないがしかし、それ抜きでは作品が成立しないような一歩踏み込んだ語り=演出があるのではないか。
ヒントを与えてくれるのは、出演者の中で唯一特定の(かつ狭義の)民族的ルーツを持たないコンテンポラリーダンスの西岡樹里さんの存在だろう。和服を着て現れた彼女が私たちの前で披露するのはコンテンポラリーダンスではなく新舞踊である。というのも彼女はプロジェクトに関わるにつれ新舞踊に興味を持つようになり、藤田幸子さんに踊りを教わるようになったというのだ。本作品中、ある意味で筒井と血を分けた存在と言ってもいい西岡さんは、ダンスを通して「学ぶもの」として表れているのだ。

プロジェクターは南国の地で地元の人達と踊る西岡さんを映し出す。彼女は藤田さんのルーツを知るために徳之島へと赴いたのだ。

《徳之島ポートレイト》
photo by
Ryuji Miyamoto

写真家・宮本隆司はここ数年、両親の生まれ故郷である徳之島を頻繁に訪れ撮影をしている(私も一度助手として同行した)。なんでも宮本はこの島で人々のポートレイトを撮っているというのである。彼の長いキャリアの中でポートレイトと呼べるようなものはほとんどない。被写体は決まって建造物や風景であった筈だ。それがなぜここに来てポートレイトなのだろうか。しかも出来上がった作品を現地で発表したいと孤軍奮闘した結果、「徳之島アートプロジェクト」なるものまで企画してしまったのだ。はたして宮本は徳之島に何を求めているのだろう。

そもそも宮本にとって徳之島は両親の出身地であるばかりでなく、自身も幼少の頃3年間過ごした土地だそうだ。しかし本人は「その記憶がまったくない」のだという。兵どもが夢の跡。そこで突きつけられる(自身が育ったという)史実は単なる地図記号にも等しい。
おそらく宮本はこの島で空隙に漂っている。しかし悲嘆に暮れることなど何もない。建造物や都市の風景が消えゆく姿をフィルムに収めてきた彼のこと、そこに定着された光がこの空隙をこそ照らすものだと心得ている。

そのポートレイトには写真撮影という「行為」がはっきりと立ち表れていた。それは今までに全く見たことがないタイプの作品にも見えるし、まったくありふれたもののようにも見える。しかし、それは紛れもなく宮本隆司の仕事であると私は直感した。

被写体である人物とのコミュニケーションにおいて、宮本はおおよそ饒舌だとは言い難い。撮影の際は「はい、笑ってください。」とか「撮りますよ。」など、たわいない2、3の言葉とともに、軽く笑いかけるだけだ。しかし、そのニュアンスはとても微妙なもので、大げさなポーズを期待するようなものではもちろんないが、強いて言えば写真や芸術などという無意味なものに対する感念を促すようなものなのだ。まさか撮られる側が、そんなことを読み取るわけはないのだが、読み取らずとも自然とその顔は「表情」へと向かう。写真に写ること、それは誰でも知っていることだ。彼らは自らも知りえない顔へと跳躍する。彼らが瞬きを堪え、シャッターがそれを追い越して行くとき「ポートレイト」は実体化するのだ。

たしかに私が見ているのは一枚の写真だ。それは宮本の手で撮影されたものだろう。しかしどうしたことか、その写真に縁どりを与えているのは彼らの「表情」そのものなのだ。
そして、彼らの「表情」に誘われるようにして初めて、私はただ一枚の写真を見ることが可能になる、そんな関係が奇跡的に成立しているように思えてくるのだ。
はたしてポートレイトに「手法」と呼べるようなものなどあるのだろうか。宮本が到達した、しかし「到達」というにはあまりに地に足のついたその成熟は、まさしく作品をもってしか語れないという次元にあるのではないだろうか。展示会場から少し足を延ばせば見晴らしの良い海が広がっている。

〈新長田〉とは空隙である。踊る人々の「表情」はそこで静かに根を張る。この空隙において筒井は踊り手たちの「表情」を見出し、私たちに伝えたのではないだろうか。それも彼らから学び取ったその方法で。だとすればここでは見出すことと見せること、「調査」と「演出」は同時に行われるはずだ。従ってそれは手法と呼ぶには、あまりに因果性を特定し難く実践的である他ないだろう。
出演者総勢+お客さんで踊る舞台終盤、自らもまた輪の中に加わる筒井は、演出家というよりは無為の行為者だ。その姿を思い出せば、即効性がなくいかに定着が曖昧だとしても、いや、それだからこそ生きた表現というものが確かにあるのだ、と言わざるを得ない。

たかはし・えいじろう|造形作家]


《新長田のダンス事情》
出演:足立花子、荒巻ますこ、伊藤拓、上田てつえ、北野マサァウィン、窪田百合子、趙恵美、筒井潤、西岡樹里、パクウォン、藤田幸子
演出:筒井潤
通訳:伊藤拓

2014年2月13日・14日
KAAT神奈川芸術劇場 大スタジオ
「国際舞台芸術ミーティング in 横浜 2014(TPAM in Yokohama 2014)」ショーイング・プログラムの「TPAMディレクション」のうち、横堀ふみディレクションによる.
ショーネッド・ヒューズ《Aomori, Aomori》と連続上演.