Body Arts Laboratorycritique

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Yohta Kataoka

「わたし」とわたしのあいだに

「フェスティバル/トーキョー10」で発表された飴屋法水の《わたしのすがた》では、観客が受付で地図を渡され、一人で4か所に点在している会場を指示通りの順番で巡っていく。そこには俳優もパフォーマーも作者である飴屋自身もいない。校庭に掘られた巨大な円筒状の穴と、3つの廃屋に展示ともいえるようなかたちで蜂の巣や生活用品とテクストなどが構成され配置されている。そして、日時によって異なる光や天候で、それらが見せる表情は変化する。そこでは、劇(場)特有の俳優と観客、観客たちの共同性は失われ、見る者の個人的体験として閉ざされるものとなる。
ただし、劇場を扱わずとも廃屋は外の環境との心理的な切断がより強く、その密室感が強固な演劇装置になっている。「場」が透明化されず会期の以前以後も含めた持続する時間自体を作品化したことで、「場」全体が演劇的な雄弁さに包まれていた。
使用された建物は廃墟に見えながらも、実はそれぞれ生活インフラが稼働しており、社会に登録され機能し続けていることが暗に示されていた。これは廃屋の内部と外部のコンテクストをつなぎ、痕跡を単に過去として示すだけでなく、幽霊的な人の気配を現在のなかに忍び込ませる効果を持っている。その存在感が、展示と上演のあいだにあることを際立たせている。

演者がいないのであるから当然シナリオもないが、壁などに貼られたテクスト、録音、日記など断片化された「声」が過剰なほどに存在している。キリスト教に心酔した「わたし」の悔悛がかったテクストは、語り手として全体の統合を担っている。では、タイトルでも示されているこの「わたし」とはいったい誰のことなのか。観客は「わたし」の「声」を頼りに見ていくことしかできないにもかかわらず、それが飴屋自身なのか、別人なのかの確証を得ることができない。そして、匿名性の強い「場」を扱ったこの作品では、「希望社」や「後藤静香」など歴史的人物や出来事が登場するが、一方で偽史的に関係性が組み立てられたフィクショナルな部分も明らかに含まれており、複数の不確実な要素を孕みながらも個々の関係を結びつけていかなければならない。

このように、《わたしのすがた》は「声」も含めた信用ならないインデックスの集積からなる一つのマトリクスであり、それは多層的な読解を必要とする。だが、その難解さで観る者を突き放すようなものではない。円筒状の穴や廃屋、そして何気ない生活用品でも儀式の残骸や遺留品のように見えてくることによって、まるでお化け屋敷のように、観客は半ば強制的に感情移入を行なうからだ。それは視覚に限らず、聴覚、嗅覚、触覚を刺激し、情動を揺さぶっていく。不確定なコンテクストの束で作られる曖昧な物語は、むしろこの前—反省的な体験をより促進させている。
つまり《わたしのすがた》は、物語装置としてと、知覚体験としての作品という2つの側面を持っている。普通のアトラクションであればそれを一致させようとするが、飴屋はそこにあえて歪みを与えていた。
これが顕著に現れていたのは、第3留の廃屋にある2つの「かくへや」であろう。両部屋とも一人ずつなかに入るようになっており、そこには自分の犯した罪を色鉛筆で壁に書き残してほしいと記されたインストラクションが置かれている。実際にその指示に従って多くの罪の告白が、部屋中に異なる筆跡とサイズで残されていた。それにより部屋の存在感に異様な圧縮を感じたが、なぜきわめて限定されている場所と歴史のなかに観客の罪の告白が加えられなければいけなかったのか考える必要がある。これは心理的誘導により、観客が作品を鏡として捉え、懺悔の告白で建築を傷つけ自らも作品の登場人物となる目論みに他ならない。さらに、それが2つの部屋で繰り返されることで、再演と再帰に関わるアレゴリカルな亀裂となり、自らの身振りと記憶に対する批評的な注釈を要求されることになる。出来事や痕跡など一回性の性質が強く印象づけられるなかで、その反復の要因が持ち込まれる違和感とは奇妙なものだった。

会場をすべて見終わったあとに手渡されるリーフレットには、「わたしは日本に生まれました。/わたしは無宗教、無神論者です。」と記されている。これは「わたし」の身振りが虚偽であったという告白であり、催眠=上演を解く行為だ。これにより鏡像的に入り込んでいた作品世界が空転し、クリスチャン・ボルタンスキーやイリヤ・カバコフが扱うような、宙吊りにされた歴史性から引き出される感情移入のシステムを瓦解させるわけだが、この最後の告白は少し捩れている。無宗教者であり無神論者であることは異化として重要であるにしても日本に生まれたことをわざわざ告白する必要性はない。この告白には、日本に対する歴史主義的なドクマ(「悪い場所」と呼ばれるような)としての無意味さやパースペクティブの不在の強調が含まれているだろう。物語装置のカタストロフィーと日本を結びつけることは、歴史不在の歴史という呪いのような刻印として、ボルタンスキーやカバコフとは異なるやり方で同じような共同性(共感)を生みだしているといえる。

[いしかわ・たくま|美術家、問うことを好めば即ち裕



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Yohta Kataoka

《わたしのすがた》

考案:飴屋法水

2010年10月30日−11月28日(休演日:11月1日, 8日, 15日, 22日)
巣鴨・西巣鴨周辺の4会場
「フェスティバル/トーキョー10」プログラム

写真提供:フェスティバル/トーキョー事務局