Body Arts Laboratoryinterview

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写真:神山貞次郎

《大野一雄について》に至るまで

―昨年(2012年)くらいから、土方巽の「病める舞姫」をテキストにした公演、今回の《大野一雄について》などで、舞踏に近づいている印象なのですが、何故そのようになったか、経緯からお聞きできますか?

96年からダムタイプをやっていて、2000年くらいから平行して自分の作品を作り始めて、2003年くらいからソロパフォーマンスをずっと行なってきて、ここ10年。それはコンセプト主導で動く。身体をすごく使うんだけれど、踊りとは違う位相にあるというか……むしろ芝居とか、パフォーマンス、コンセプチュアルな感じ。それがどんどんメインになっていった。で、もっと身体に聞くっていうか、そういうのあまりやっていないな~、それをやりたいな~と思ったのが、2011年「ダンスがみたい!13」(日暮里d-倉庫)の《ブラックアウト》。

これはソロダンスで、僕が一人で踊って、照明、音響、構成、演出を、二人のビデオアーティストに頼んだんです。3人で話して、ビデオ・映像は使わないけれど、彼らがビデオアーティストという視点から川口隆夫の身体・動きを見るというコンセプトでやると。40分くらいの作品で、とにかく一人でずっと身体一つで動く、踊るっていうのをやった。2年後の今年、「ダンスがみたい!15」で、また同じのをやろうと思ったんだけれど、彼ら二人のスケジュールや僕の思惑みたいなのもあって、できない。それで代わりのことをやらなければいけないと。じゃあ、そういう身体を見つめる作業を続けたいと思ったので、何か考えなきゃいけないとなったときに思い浮かんだのが、大野一雄だった。そう思った瞬間に何かコンセプト的にも面白いじゃん、みたいな。そのとき、既にドラマツルクを飯名尚人さんに決めていたので、彼に相談して、どういうことでいくのかを話し始めて、とりあえず、完コピしてみるのがいいんじゃないかということになった。フランス、ヨーロッパで流行の、いろいろあるじゃないですか。

―グザヴィエ・ル・ロワが指揮者の真似をするとか?

それもあるし、ジェローム・ベルもあるし、ボリス・シャルマッツの《Dancing Museum》も、意識はするじゃない。でも、そういうレクチャーパフォーマンス的なこととは、ちょっと違っていて。まったくパロディ化して、異化効果を狙うようなことではなく、できるのかなと思いながら始めた。確かに、そういうヨーロッパの流れもあったけど、自分がやっているソロでは、割と何かについて喋って動いてという、ドキュメンタリータッチなパフォーマンスをずっと続けてきているから。《a perfect life》という、自分について喋ることをシリーズでやっていて、でもその手法とは違うものというので《大野一雄について》はああいうかたちになったんです。去年「病める舞姫」をやったから、今年は大野一雄だっていうようなことではない。

大野一雄なのか川口隆夫なのか

―ですよね。僕自身、この前ウェン・ウェア・フェス2013で招聘した、マルテン・シュパンベルグの指向と無意識的に行なっていたことが重なったんです。彼は、現在の資本主義社会でアーティストとして生きる上で重要なことは、主体を無くすこと、または主体を限りなく不安定な状況に置くことだと言っています。なぜなら、主体こそが資本主義でトレードされる価値の最たるものだからです。一方、僕は主体を無くすこと、または主体が現実に存在しながらも誰にも気付かれずに、その外にいる感覚を発動するプロジェクトや、また、主体を不安定にさせることとして、私とあなたを身体でトランスフォームするアイディアなどを実行していて、“invisible site specific dance”“invisible running dance”“トランスフォームする身体”とかなんですけど。
それで、隆夫くんの《大野一雄について》を見て、自分の主体が無くなったときに、大野一雄なのか、川口隆夫なのか解らなくなる瞬間がすごくあって、その時に豊穣なものを感じるんです。普通だったら、私はこうですと言って認められて、資本主義に乗っかって、あなたこんな感じですよねって消費されておしまいなんですけど、それではない豊かさ、壮大さを感じた。さらに、最初のシーンも好きで、いろいろな物を動かしながら、だんだん物ができあがって、ジャンキーな感じができあがる瞬間が好きでした。

最初のシーンはクリエーションの最後に作ったんだけど。大野さんが《ラ・アルヘンチーナ頌》を作る前に、10年間ブランクがある。67、8年くらいから77年まで。その10年のうちに長野千秋さんという人と映画を3本撮っていて、『O氏の肖像』などを見ていて、何か面白いな~と思ったんですよね。それでいろいろな人に話をうかがい、特に上杉満代さんに話を聞きに行って、彼女がやっぱりあの10年間が重要だったと。僕もなるほどなと思って、あの映画も印象に残っていたので、あれを何とかしようと。どこかに出掛けていって、物と何かする、いろいろな物を纏っていく、物を引きつけるというのは、大野一雄のイメージにあった。あとはハズして、その場にあるもので無理矢理やる。どちらかというと、土方的なノリ方ではあるのかな?

―それ隆夫さんじゃないですか(笑)? 作業そのものが時間を積み重ねていくことが面白かったです。チラシ見ると既に、あのジャンクの中からきらりと光る目の写真がありましたが、今回、既にそのイメージは持たれていたのですか。

それは8月にやったときの舞台写真です。BankARTは広いから何していいか解らなかったんですよ。d-倉庫のときは、ステージに物を置いときさえすれば、何でも引っ掴んでみたいなことがあるんですけど、BankARTは広いから、スカスカじゃ嫌だな~って。でも空間はお客さんが埋めてくれた。

―僕は、先程も言ったように、川口隆夫なのか大野一雄なのか解らなくなる瞬間に感動した。それをやった感触はどんな感じなんでしょう?

まず稽古を始めて、1シーン、2シーンできるようになったら、いろんな人に見てもらおうと思って、武内靖彦さんに見てもらったんですよ。そうしたら彼は、大野一雄にぴったり自分を合わせていって、正確に重なろうしたときに、ちょっとはみ出る部分が川口隆夫だろうと、そこを突き詰めていくことが面白いって。あっそうかそうかと思った。

ただ模倣する上で、内側からコピーしようとすると、例えば、それを大野さんはこんなことを考えていたに違いないと感じながら、こういう動きがこういう意味だと、気持ち的にも内的なものを自分に移そうとすると、逆に形がブレていく。なので、できるだけ気持ちからは入らないようにする。空っぽにする。そういうふうにしたんです。

―そこ重要ですよね。

大野さんが何を考えて、この振りはこういう意味があって、こんな気持ちでこうなんだというのは、解釈でしかありえない。大野さんの想い、彼が感じていた感情のようなものを入れることはできない。それに大野さんが書いた舞踏譜がある。ここはこういう意味があって、こういうイメージだっていう、すごいメモが残っているけれど、それを見ても彼の一挙手一投足に呼応しているわけでは当然ないし、他の人にとってそれが解るわけでもない。大野さんには解るかもしれないけど。なので、それは止めたんです。

純粋にビデオで目に見えるところだけ。でもビデオで見て感じる、あの不思議さ。特に《わたしのお母さん》の最初の「胎児の夢」で花を持って出てくるところなんか。それは舞踏譜を見ると、お前は何者だ、死者でございますという文章がある。それを死者かって思って見ると、ああ、なるほどね~とか思って。その死者が重力をなくして、ふわ~と揮発していくような感じ、普通の人間ではない、別物、異形のものになって動いていく感じがどうしてもあって。その何かになっていく感じが、どうやったら可能なのだろうと思いはじめた。とにかく、形は形でって。じゃあそこに何かを宿らせるためには、まず自分の身体を空っぽにしなければいけないんだろうと思ったときに、それこそが舞踏の基本でしょ。

―そうですよね。

それに気がついて、舞踏家の人達はどうやっているのか聞いたんです。自分の存在をぎゅーっと、細くすると言ってた。そして、空っぽにするとはどういうことか、きっとそういう質問が出てくるに違いないとも。それに対する答えは見つかったかは別として、それがイコール、自分を無にすること。さっき広太くんが言ってたマルテンのことと少し違う気もするけれど。

―そうでしょうか? マルテンは、スティーブ・パクストンの即興をコピーしたんです。隆夫さんのも同じように感じたんですが。大野さんが踊ったときは、大野さんの内側とか、大野さん自身を見ようとするじゃないですか。それをコピーすることによって客体化できるというか、宇宙的になる。大野一雄先生はこういうことだったのかと理解できるし、推測することもできる。隆夫さん自身が、トランスフォームすることによって、尚かつ隆夫さん自身もよく解ってきて、凄く面白いんです。二つの視点を同時に見れるということ。そこにある身体の深遠。

パラドクス的な感じはあるよね。当然、大野一雄になれるわけではないんだけど。

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