Body Arts Laboratoryinterview

このインタビューは「アーツ・チャレンジ2009―新進アーティストの発見 in あいち」の協力で行なわれました。新人アーティスト発掘のために行なわれる「アーツ・チャレンジ2009」の舞踊部門は、新人アーティストをベテラン振付家がサポートする、日本では画期的な創作プロセス重視のプロジェクトです。山崎は選考委員として竹之下亮さんを選出(ほか二名が入選、一名が選考委員特別推薦)、ともにリハーサルを重ねて創作された作品は、2009年2月21・22日、愛知県芸術劇場小ホールで上演されます。


1.

―どうしてダンスを始めたのですか?

大学で能の勉強をしていたときに、自分の身体に対して不自由な、言うことを利かない感じ、自分の身体が近いはずなのに遠い感じがしていました。たまたまダンスのワークショップのチラシを見て、身体を自由に使えるのではないかと思い参加しました。

―そのワークショップに参加した印象は?

自分の身体にじっくり向きあい、身体を見つめた気がしました。そして自分の中で大きな喜びを感じました。

―大学でずっと能を勉強して卒業してから、数年ダンスを止めていたブランクの後、何故もう一度ダンスを始めたのですか?

ダンスを通して人と繋がることができることを知り、それが楽しかった。

―公演することについて考えがあれば聞かせてください。

どういうふうに自分の作品を現実化するかということは、絶えず思案中です。アーツ・チャレンジ2009や熊本市の河原町アート大賞を受賞したことなどを通じて、自分にしかできないこと、自分らしい動きを発展させていきたいと思ってきました。でも言葉で言うのは簡単ですが、やるのは難しいです。

―ダンスのどこが魅力ですか?

お客さんと一緒に共有した時間を過ごせることです。

―次のプロジェクトについて、どのようなビジョンがありますか?

風によって変わる身体です。風の力によって変わる身体と自分の気持ちの移ろい、まるで風が見える舞台、風によって自分が動いているのか、風を自分が動かしているのかわからない世界です。

―何故、風をコンセプトに持ってきたのですか?

沖縄に6か月滞在していたときに、台風が直撃しました。その台風がサトウキビ畑を凄さまじい力で襲い、サトウキビの恐ろしいほど大きな揺らぎと、風に耐える姿が強く印象に残りました。その必死に倒れまいとしている姿を、自分のダンスで再現できればと。
[この風コンセプトは、熊本阿蘇の麓での山崎とのレジデンシーで、そのトッリキーな世界は残しつつも、もっと竹之下君から湧きあがる独特なムーブメントを積み上げ作品化することに決め、却下しました。そして、アーツ・チャレンジ2009の公演に向け、作品タイトル、コンセプトは変更になりました。しかし、かなり面白い作品になる可能性を持っていると思っています。終止笑いが絶えないリハーサルです。乞うご期待!―山崎]

―振付の経験があまり無いように感じるのですが……。

振付に対して、もう一度同じ動きをすることは苦手です。でも同じ動きをいつもできることは、表現の幅を広げるためには必要で、そのことによって世界が変わると思っています。いままで即興的要素で創る傾向がありました。

―即興の魅力は何ですか?

今、このときの空気を動かせる、この瞬間にしかできないことを再現できることです。

2.

[熊本での、コンテンポラリーダンスを続ける上での環境についてお聞きしました。]

―熊本でのコンテンポラリーダンス環境は、どんな状況ですか?

身近にダンスに触れる環境ではなくて、遠くに行って観に行くものです。そしてコンテンポラリーダンスを知っている人が少ないです。

―地方でのコンテンポラリーダンスは必要ですか? その理由は?

必要です。コンテンポラリーダンスの魅力は、ダンス表現の幅を広げるものであり、劇場で上演するダンスだけでなく、ダンスを通して人々とコミュニケートできる可能性があるからです。

―では実際の活動として、どのようなことを考えていますか?

町並み、アーケードなどを劇場として考えた、サイトスペシフィック・ダンスです。普段見なれている風景の中でのダンスは、その場所での魅力を再確認、再発見することができ、それが地域の活性化に繋がります。そして新たなネットワークが生まれ、新しいうねりとなります。それと、同じ年代の人だけでなく、年配の方々、子どもなど、幅の広い層の方々との結びつきが可能になると思うからです。また、一人だけのお客さんに見せるダンス公演もしてみたいです。

―もっと具体的に言うと?

アーケードや、歴史的名所など、至る所でパフォーマンスし、お客さんが歩きながら観光するようなプロジェクトを考えています。添乗員さんは歴史の名所を説明し、それとともにダンス作品が上演されます。

―他にもありますか?

今回はリハーサルを数人の方に見ていただきました。そのように、創作するプロセスを多くの方々に見ていただきつつ、また、お客さんの感想などのフィードバックを通して作品を創っていくシステムを模索しています。何故なら、パフォーマンスは一回限りのもので、文学や絵画と違って残りません。少しでも多くの方々の反応をお聞きし、それに触発されたり、または疑問を感じたりすることは、お互いの関係を支えあうことに繋がると思うのです。そして、せっかく創った作品に対して反応がないことは、寂しいことです。

―あなたにとって理想とする環境は?

ダンスが身近になること。

―あなたにとってのゴールは何ですか?

ダンスによって自分の可能性を広げること、そしていろいろな方々と繋がること。

3.

[竹之下君は老人介護の仕事をしつつダンスをしています。介護とダンスの関係も聞きました。]

―老人介護とダンスの関係について少しお話をお聞きできますか?

80歳、90歳の方々に、長らく生きてきたことの身体の重みを感じます。そして動き一つ一つが、その人の歴史を物語っています。皺の一つ一つの表情が豊です。またお年寄りの方々はみなさん小さくて、人類の変遷模様を感じます。

―お年寄りの身体の動きについての感想はありますか?

不自由な人を介護しているのですが、自分がどうしたら負担なく動かすことができるのか、その人の体の特徴を知った上で関わります。それぞれの方々が、自分にできない動き―たとえば、立つこと、歩くことができないなどの不安定なところに、とても存在感を感じます。

―話は飛びますが、舞踏について思っていることはありますか?

歴史のある身体というか、古典芸能と同じように、年齢を増すごとに美しさが増すダンスだと思います。

[2008.12.18/阿蘇にて]

構成=山崎広太


竹之下亮|Ryo Takenoshita

1977 年熊本生まれ。振付家/ダンサー。2008年、アーツ・チャレンジ2009―新進アーティストの発見 in あいち舞踊部門入選、河原町アート大賞受賞。主な作品=《深海ランデヴー》(宮原一枝との共同振付、Dance Wave Fukuoka ’05)、《PU-》(踊りに行くぜ!!vol.9福岡公演選考会)など。


インタビュー後記

竹之下君はとてもオープンな性格ゆえ、何でも気兼ねなく聞くことができました。インタビューを終え、地方でのコンテンポラリーダンスのことを考えざるをえなくなりました。ある地域で、それぞれのアーティストが主体的に行動し、それぞれの方法でコミュニティを築きあげている姿を尊重し、いかに傍からサポートすることができるのか―。一方、地域活性化のために、行政の財団などを中心に、出演者をかき集めて公演することも多く行なわれています。地域の人々が自発的、自然誘発的に立ちあがるような雰囲気をアーティストがつくりだすことは、とても繊細さを伴う作業です。行政は、外側から良い悪いと決めるのではなく、その生まれかけているプロセスを尊重し、サポートするシステムを考えないといけません。
このことについて、いつか地方と東京のアーティストでラウンドテーブルができたらと思っています。竹之下君は、今後熊本で積極的に行動するように思います。ある一人のアーティストが特定の地域のコミュニティを築きあげている良い例として、手塚夏子さんがいます。東京の外れの藤野という地域で活動されています。僕もその活動に興味があります。(山崎広太)


協力:アーツ・チャレンジ2009―新進アーティストの発見 in あいち