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第一の旅 ニューヨーク

2014年3月22日、土曜日、薄曇り。私はニューヨークのチェルシー地区にある、一軒のギャラリーの前にいた(ちなみにその後、このギャラリーは別の地区に移転してしまって、現在この住所にはない)。3月の終わりとはいえ、春の訪れはまだまだ先と感じさせる肌寒い日であった。その日は展示と展示の端境期のため、ギャラリーは一般向けには閉じられていた。予定よりずいぶん早めに到着し、時計を何度も確認しながらアポイントの時間をドアの前で待った。美術界では国際的に良く知られたこのギャラリーを来訪したのは、ロバート・スミッソンというアーティストの作品を実見することが目的だった。
ロバート・スミッソン(1938-1973)は、アメリカ・ユタ州のグレート・ソルトレイク湖に造成した螺旋状の突堤《スパイラル・ジェッティ》(1970年)によって、「ランドアート」と呼ばれる動向の代表的作家として知られている。私はスミッソンの作品と思考両面に長く魅了され、勤務する美術館で2009年に企画した展覧会では、彼を中核作家の一人に据えて映像作品を紹介した。さらには、スミッソンの作品をなんとかコレクションとして収蔵し、その重要性をテンポラリーな企画展としてではなく、恒常的にいろいろな角度から紹介していきたいと考えていた。しかし不慮の事故により30代半ばにして亡くなってしまったこともあり、スミッソンのそう多くはない重要作品は、あらかたパブリック・コレクションに入ってしまっている。市場に出てくることはきわめて稀だ。また日本の公立美術館が持っている年間購入費にかんがみて、決して安い買い物ではない。
スミッソンの作品を扱うギャラリーにこちらの関心を継続的に示しつつ、リサーチを重ね、また世界各地で開催される彼の展覧会を熱心に見て回り、何年も収蔵のタイミングを待ち続けてきた。私がコレクションにぜひ加えたいと望んでいたのは、スミッソンが1960年代末に制作したシリーズ〈ノンサイト〉というタイプの作品だった(「robert, smithson, nonsite」といったワードで検索して、作品がどんなものかをご覧いただきたい)。
「ノンサイトNonsite」とはスミッソンの思考の核となる概念の一つで、「サイトSite」と対になって使われ、それぞれ「非-場所」、「場所」などと訳される。スミッソンは山岳、砂漠、工業地帯などを旅し(その場がサイトとなる)、そこで採取した鉱物を金属製の「容器」や鏡、地図、写真と組み合わせ、これらの集合体をノンサイトと呼んだ。ここで重要なのは、ノンサイトは現実の場所であるサイトを指し示す代理物ではないという点だ。

しかし芸術が芸術である以上、それは境界=限界を持つはずだ。どうすればこの「海洋的な」サイトを収容できるのだろうか? 私はノンサイトを創った。それはサイトの崩壊を物理的な方法で収容する。この容器はある意味で断片そのものであり、三次元の地図と呼ぶことができるだろう。「ゲシュタルト」や「反形式」などに訴えずとも、ノンサイトは実際に、よりはなはだしい断片化の断片として存在する。それは自らの収容の払底を収容しつつ、全体から切り離された、三次元の〈眺望(パースペクティヴ)〉である。その名残に謎などなく、終わりや始まりの痕跡もない(ロバート・スミッソン「思考の堆積作用:アース・プロジェクツ」『アートフォーラム』1968年9月号[Robert Smithson, “A Sedimentation of the Mind: Earth Projects,” in Artforum (New York) 7, no. 1 (September 1968): pp. 44–50 (p.50).])。

「よりはなはだしい断片化」の「断片」という言葉が示すように、スミッソンは作品を完了したものでなく、自然の諸プロセスの影響を受け、変化していくものと捉えていた。そして作品の意味は、自律した形態を持つ「物体(object)」としてではなく、サイトとノンサイトの間に抽象的、流動的なものとして立ち上がる。地図や鉱物は「断片」であり、それそのもので完結することはない。スミッソンは、断片を起点に、それをめぐる思考や、それが生み出す記録や解釈など、さまざまな経験がネットワーク状に構築されるという、新たな芸術の在り方を提示しようとした。

2014年、待望し続けたこの〈ノンサイト〉作品が、ついに姿を現した。購入可能とギャラリーから提示されたのは、1969年2月1日~26日の会期でニューヨークのドワン・ギャラリー(Dwan Gallery)にて発表されたものだという。ニューヨークへの旅は、この作品の実見のためなのであった。初めて人目に触れた地からそう遠くはない場所でこの作品と対面できることに、否が応でも胸は高鳴るというものだ。その一方、海外ギャラリーからの作品購入という経験が当時あまりなかった私は、少なからず緊張と不安を感じてもいた。「海外のギャラリーでまず聞かれるのは『予算はいくらあるんだ?』というこちらを値踏みするような質問で、日本の公立美術館のしがない購入費をおずおず伝えようものなら、以降まともに取り合ってもらえないのだ」という、先輩学芸員の脅しとも武勇伝ともつかないアドバイス?を思い出した私は、前の日の晩からホテルの部屋にこもって、価格の交渉に関する想定問答をひとり悶々と繰り返していたのだった。そんな期待と不安に引き裂かれた心持ちは、普段着ることのないジャケットとネクタイ、これまた押入の肥やしになっていたピカピカの革靴という出で立ちにも表れていた。待望してきた作品との対面にふさわしいフォーマルな装いは、同時に、欧米では幼く見られがちな自分の顔立ちゆえに交渉の場でナメられることのないように、と虚勢を張っていたがためでもあるように思う。
ようやく約束の13時となりベルを押すと、ジーンズにシャツというラフな格好の画廊主が笑顔で私を出迎えた。簡単なあいさつの後、まずはバックヤードでお茶を飲みながら世間話をしたのだが、気もそぞろでその内容はほとんど記憶にない。そしておもむろに「では、どうぞ心ゆくまでご覧ください、あなたのためだけに特別に展示したんですから」と、展示スペースに招き入れられた。
〈ノンサイト〉との感動の初対面は、想定外にあっさりとした、あっけないものだった。各地の展示でいろいろ見ていた他の〈ノンサイト〉の立派な感じ、それに湖に造成された《スパイラル・ジェッティ》のスケール感と比べると、その作品はとてもつつましやかで、「模型っぽいな」というのが第一印象だった(この模型っぽさ、小ささというのは実はかなり重要である、と後に思い至ることになるのだが)。スティール製容器の隅の塗装が剥げているな、とか、地図の角が欠損しているな、とか職業柄の状態調査などしてばかりで、しばらくはなかなか集中して鑑賞するモードになれなかったのだが、ついに現前した〈ノンサイト〉とひとりきりで対面できるというぜいたくな事態はやはり幸せなもので、気がつけばあっという間に1時間が経過していたのだった。

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