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──都市/身体が醸す風景と思考の重なり合い(マッピング)

山崎成美
《No.6》-紙を通り過ぎた馬-
WWFes2021
Photo
Hibiki Miyazawa
(Alloposidae LLC)

本稿は、WWFes2021において2021年12月1日−12月26日の期間実施されたオンラインプログラム「らへんのらへん——Around Mapping Aroundness」の解題である。

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都市・⻘山を身体をとおして新たにイメージする複数のプログラムが行われた、4日間のダンス/パフォーマンス・フェスティバルWhenever Wherever Festival(WWFes)2021[*1]。そのテーマは、身体内部や意識も含めた広義の「場所」をめぐるものだった。

フェスティバルは二つのパートからなり、山崎広太と26名のコラボレーターによる「Becoming an Invisible City Performance Project(BIC)〈青山編〉──見えない都市」では、青山のパブリックスペースで採集したスコアによる2日間計13時間のダンス作品を劇場で上演し、都市のビジョン(=見えない都市)を立ち上げることを試みた。もう一方の10名の共同キュレーターによる「Mapping Aroundness──〈らへん〉の地図」では、主会場のスパイラルホールのほか、巣鴨地蔵通り商店街の貸店舗7daysやオンラインでもプログラムを展開し、都市や生活空間に複層的に遍在する(いつでも・どこでもある)パフォーマンスのあり方を示した。さらにそこには、時間のディレイや空間の移動など時空間の幅も含まれ、そうした場所周辺の広がりを〈らへん〉(Aroundness)と名づけ、その概念を手がかりに企画が営まれた[*2]

またBICでは、Googleマップを用いた「インストラクション・マップ」がウェブ上につくられ、BICのパフォーマーがスパイラルホール周辺を歩きながら、それぞれの場所で考えたインストラクションが78箇所登録された[*3]。ほかにも青山を題材にした小説[*4]にもとづくシーンや、理論生命科学者、郡司ペギオ幸夫による、異界から「やってくる」外部を呼び込む概念「ダサカッコワルイ」をストラクチャーにしたインプロヴィゼーション(即興)・ダンス[*5]などが上演された。こうしてBICは、青山をセノグラフィーにさまざまなフラグメントが交通する場となった。

BICとテーマを分けもつ「Mapping Aroundness──〈らへん〉の地図」では、次のようなプログラムが行なわれた。メイン会場のスパイラルホール[*6]の内外をめぐるガイドツアー[*7]、街を散策しながら異なる専門領域の5名のアーティストが互いの頭の中を共有するように進行する、パフォーマンスのワークインプログレス(共同制作)[*8]、インスタグラムで配信されるレシピと呼ばれるダンスの指示を世界各地からの参加者が各々の場で踊ってみる実践[*9]、少人数制の茶会のようなセッション形式のワークショップ[*10]、暗転した会場内に制作中の「音」を遠隔中継する映画プロジェクト[*11]、観客が戯曲を見ながら鑑賞することもできる演劇作品[*12]など。さらにこれらの企画の一部は、サテライト会場の7days巣鴨店にも移転され実行された[*13]

このように、文字通りの土地をめぐるものにとどまらず、想像上や記憶の中の空間や領域にアプローチするものまでさまざまなプログラムが実施された。また、スパイラルホールには4点の展示作品[*14]が配置され、それらもまた別の軸を形成していたように思われる。加えてオンラインでは、たとえば、約2年前のイベントの記録音源を1日1本ずつSoundCloud上でアップし、そのイベント終盤の公開日がWWFes2021最終日に重ねられ、時間と場所を超えて進行が同期する音声プログラム[*15]や、トークシリーズなどが公開された。いずれも異なる場所や時間を、身体や感覚を通してマッピング・再配置することで見出される風景や思考の流れがテーマの一つに据えられていたように思われる。


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このオンラインプログラム「らへんのらへん」は、共同キュレーター企画「Mapping Aroundness──〈らへん〉の地図」のさらに周辺に位置づけられる。フェスティバルの内部にありながら、衛星のように自律する特集であることを意識した。アーティストによる作品または作品をめぐるテクスト3点と、エッセイ・論考の3点で構成される。これらは、フェスティバル開催月初から開催中に順次公開した。

「らへんのらへん」でまず主題にしたのは、「マッピング」という働きである。固有の場所から得た感覚を振付などの表現に変換=マッピングするプロセスは、BICでとりわけ顕著に繰り返し現れていたように思われる。「都市」-「知覚・身体」-「劇場・振付」へとマッピングされる過程で、風景と思考がどのように重なり合い、外部を繰り込みながら独自の世界が立ち上がるのか。そのメカニズムに注目し、プログラムを通じて迫りたいと考えた。以下、それぞれの解題を試みる。

ミルク倉庫+ココナッツcranky wordy things: no talking just head
極限まで寝ない状態だった6名の人物同士が、微睡みながらマイクとイヤホンを通じ会話を試みる実験映像。岐阜県美術館で2017年に発表されたインスタレーションの映像パートのスピンオフ。これを、同期する6つのYouTubeチャンネルで2日間限定配信した。また同日、スパイラルホールでのパフォーマンス《BIC〈青山編〉》でも上映し、振付に組み込まれ「無意識のダンス」が出現した。

山崎成美紙を通り過ぎた馬──モノと身ぶりから生まれる非現実
造形作家、山崎成美の作品ノートは、事物と身体の結びつきについて書かれたテクスト。「紙の断片に馬の気配を感じるような」表現をもとめて、紙を用いて馬を作るに至った自らの創作の過程を綴っている。さらに「紙の馬」を、革が出来るプロセスをなぞり解体するなかで生まれた作品にも言及する。「求める非現実の環境への入口となるモノに触れることで、いつでもその世界に身を包むことができるようになる」。別世界=非現実の環境へのインターフェイスとなる造形物=事物。そこに介在する、身体的な行為。WWFes2021会場のスパイラルホールでは、山崎の造形作品がアクティングエリアに展示された。

岩渕貞太夜のハダカ
振付家・ダンサーの岩渕貞太の映像作品。DaBY(神奈川県)でのプロジェクト「ダンステレポーテーション」(企画・総合ディレクター:唐津絵理、振付ディレクター:山崎広太)で、2020年に発表された13分の映像を2日間限定配信した。また、WWFesサイトには、制作の発端になった山崎広太の「綴る言葉」とその言葉へ応答する岩渕のテクストを掲載。「綴る言葉」は岩渕へのインタビューから受けたイメージをもとに山崎が綴ったものである。言葉による人物のポートレイト、彫刻のような「綴る言葉」とそれに連なるテクストは、それ自体が身体の観察にもとづく振付行為の一貫であるようにも感じられる。

三輪健仁ロバート・スミッソンをめぐる三つの旅
東京国立近代美術館研究員、三輪健仁のエッセイ。アメリカの美術家ロバート・スミッソンの思考の核となる概念の一つに「ノンサイトNonsite」がある。「「サイトSite」と対になって使われ、それぞれ「非-場所」、「場所」などと訳される」。スミッソンは「山岳、砂漠、工業地帯などを旅し(その場がサイトとなる)、そこで採取した鉱物を金属製の「容器」や鏡、地図、写真と組み合わせ、これらの集合体をノンサイトと呼んだ」。三輪はノンサイトは「現実の場所であるサイトを指し示す代理物ではない」点が重要だと述べる。
ノンサイトの作品を収蔵すべく実際に作品に出会ったニューヨーク、そして収蔵場所となる美術館が位置する東京、最後に作品の「サイト」として選択されたカリフォルニア州デス・ヴァレー。エッセイでは、この三つの場所を経由して、ノンサイトとサイトの間での旅=移動についての思索が展開される[*16]

石山友美都市の顔、漂う身体
映画監督の石山友美によるエッセイは、フィルム・ノワールから都市と身体をとらえる、スリリングな映画批評・身体論。ノワールによって描かれた新たな女性像、ファム・ファタールにも注目されたい。著者撮影によるスチルがテクストに添えられている。
石山はかつて、沖島勲監督が玉川上水を歩きながら語る映画『怒る西行』(2010)の聞き手、編集も担当。また秋田県内に眠る8ミリフィルムを収集する「秋田8ミリフィルム・アンソロジー」での活動は『8ミリフィルムの旅 極私的秋田の日常』冊子にまとめられ、2021年3月に発行されている。

久保明教日常の時代に生きる記号を喰う:食マンガ批評試論
人類学者、久保明教のエッセイでは、全6節で8作品の食マンガ(『すごい飯』『美味しんぼ』『孤独のグルメ』『あたりのキッチン』『目玉焼きの黄身 いつつぶす?』『きのう何食べた?』『かしましめし』『ダンジョン飯』)を論じている。鋭いジェンダー論でもあるこの批評試論では、知覚(味覚)と結びついた個別的な体験や記憶にもとづくイメージの考察がなされている。それは、食マンガとその読解が、きわめて身体的な、不確定で不安定な領域を扱うものであることを物語っている。また同時にその点において、ダンスフェスティバルWWFes2021という場と交差しうる可能性を強く示しているのではないか。

いんまきまさこ[WWFes2021共同キュレーター]


謝辞
岩渕貞太《夜のハダカ》配信実現にあたり、初出「ダンステレポーテーション展~時空を超える振付、浮遊する言葉と身体~」主催・企画制作のDance Base Yokohamaにご協力いただいた。また、同企画の映像配信に際し、中村泰之氏に技術支援いただいた。記してお礼申し上げる。

  1. 記録映像・開催概要などはこちらBack
  2. WWFes2021キュレーター:⻄村未奈、Aokid、福留麻里、村社祐太朗、七里圭、岩中可南子、沢辺啓太朗、いんまきまさこ、山崎広太、木内俊克・山川陸(会場構成)。また、WWFes2021は、2019年から3年間の連続したプロジェクトの最終年として開催された。その活動内容はこちらを参照。また、キュレーターそれぞれがWWFes2021において描く身体像を記したノートはこちらBack
  3. Becoming an Invisible City Performance Project(BIC)〈青山編〉のための「インストラクション・マップ」。マップでは「簡潔な指示、実行不可能な指示、私的ないし詩的な断片など様々なインストラクションがそれぞれの場所のラベルになって」いる(引用部分文責:長沼航)。Back
  4. BIC〈青山編〉のための小説。山野邉明香《さるの話》は「南青山再開発事業(仮称)負のスパイラルから抜け出す」のセクションで朗読された。Back
  5. 郡司ペギオ幸夫の著書『やってくる』に登場する概念「ダサカッコワルイ」に着想を得た、山崎広太ほか出演・振付によるインプロヴィゼーション・ダンスは、フェスティバルの初日12月23日にフルレングスで行われ、BIC〈青山編〉でも、いわばそのリミックス版として上演された。以下の公演レビューも参照されたい。
    郡司ペギオ幸夫「これは確かに、ダサカッコワルイ・ダンスだわ」
    冨塚亮平「令和三年のドッジボール」Back
  6. 観客は、1日または半日のチケットで会場に滞在し、時間に準じて進行するプログラムを出入り自由の状態でフェスティバルを鑑賞した。メイン会場のスパイラルホールの前のホワイエも観客に解放され、一部展示作品の設置場所でもあるこのスペースは、ときにワークショップ会場、出演者の稽古場となった。Back
  7. 篠田千明《忘れ物ビーチツアー》(キュレーター:福留麻里)Back
  8. よだまりえ、松丸契、高良真剣、村井祐希、濵田明李《山彦さんへ 小さくなったり大きくなったりします!》(キュレーター:Aokid)Back
  9. 福留麻里ほか《時報レシピ〜様々な土地で》。さらに、参加者各自がオンライン上にランダムに投稿した事後の映像・体験記をインスタグラムで見ることができる。Back
  10. 杉本格朗、瀬藤康嗣、三浦秀彦、難波祐子《大気の入り江》(キュレーター:西村未奈)Back
  11. 七里圭《The embryonic sound of film——映画の胎動音》Back
  12. 新聞家《弁え》(キュレーター:村社祐太朗)Back
  13. WWFes2021において、7days 巣鴨店は「待機塔」と名付けられ、キュレーターのひとり村社祐太朗によりそのコンセプトが執筆された。また、制作協力として同地でプログラムに立ち会った林慶一によるレポート「〈待機塔〉で何が起きていたのか? 仮設的な場での未だ存在していない何かの共有へ向けて」がある。Back
  14. 山崎成美《No.6》-紙を通り過ぎた馬-永田康祐《Sierra》神村恵《STREET MUTTERS 〈青山編〉》木内俊克《surface》。展示会場マップはこちらBack
  15. 黒田杏菜・大城真《居場所についてのインタビュー》(キュレーター:福留麻里)Back
  16. 旅=移動というテーマは、展示作品の永田康祐《Sierra》とも響きあうだろう。Back