Body Arts Laboratoryreport

セッション2.
フェスティバルにおけるキュレーション

F/Tとプログラム・ディレクター制度

武田:「キュレーション」という今日のタイトルに関連してフェスティバル/トーキョー(以下、F/T)の特徴を二つあげると、利賀フェスティバルという例外を別にして、日本の中であるコンセプトやテーマに基づいて実施されている国際的な演劇、舞台芸術のフェスティバルが定着していないという認識のもと始めたこと、社会とアートをいかにつなぐかという問題意識のもとアーティストという職能ではない者がプログラム・ディレクターを務めていることがあります。私たちのフェスティバルの成り立ちからいうと、東京都がオリンピックを招致のために、文化都市としてアピールするための国際フェスティバルを立ち上げたいという話があり、前身としてNPO法人アートネットワーク・ジャパンが単独主催していた東京国際芸術祭の運営母体を引き継ぐかたちで、東京都のファンドのもと立ち上げに至っています。当然、東京都の行政側からすれば、分かりやすい著名な方がトップに立ってディレクション、プログラミングしている方が説明しやすいと思いますが、私たちの事務局では事務局の中に常勤しているプログラム・ディレクター制度にこだわるという姿勢を明確に打ち出しました。というのも、日本のフェスティバルの中で、F/Tの前身を辿っていくと1988年に実施された東京国際舞台芸術フェスティバルがあり、それからプログラミングに関していろいろなやり方が試されてきているが、海外にはこういう素晴らしいものがありますよというような、作品を持ってきて紹介するというかたちで終わってしまい、事務局にも継続性が持てず、発展性を持ちづらかったと聞いています。日本で物事を決めるときの背景に、一人の人の責任、リスクを減らしてくような合議制を取ることが多くあると思いますが、新たな価値を提示していくフェスティバルでそれはやめようという意識のもと、プログラム・ディレクター制度をとっています。

印牧:F/T のプログラムを見ると、いわゆるプロセニアムの劇場を必ずしも前提としない、オフシアターの傾向がみてとれます。そうした作品を積極的にとりあげていることと、プログラム・ディレクター制との関連があればお聞かせください。また、演劇という、固有の言語や場所などの文脈と不可分に結びついて意味を発揮することが多分にあるその成り立ちを考えたときに、海外の作品を日本で上演するさい腐心されていることがあれば、その点も。これまででは、複数の作家を数回にわたってとりあげ、長いスパンでの共同制作が実現している印象を受けますが。

武田:プロセニアム型のみの演劇の概念を拡張していく考えのもとプログラミングがされていると思います。海外のものでいえばリミニ・プロトコルなどの連続招聘がその一例です。いわゆるポストドラマ演劇と言われる作品たちですが、客席があって、ストーリーがあって、俳優が役を獲得してやっていくという関係性だけが演劇ではない、という考えを提示していく。日本の作品でいえば飴屋法水さん、Port Bの高山明さんなどの作品もそうでした。プログラミングの段階でアーティストとそういったお話をさせていただきながら、観客の体験としてリアルに届くことを意識した作品を全体的に配置しています。これらはプログラム・ディレクターを核としたフェスティバルの芸術的価値観が強く反映されたものです。
ヨーロッパの主要なコマーシャルではないフェスティバルの作品を、日本で見られる環境は少なくなっています。海外の作品を日本に紹介することは、F/Tの役割として、去年の震災以降はもっと意識的にやらなければいけないと思っています。そして、日本の状況の中で海外の作品を上演することについて、議論のきっかけとなる情報や共有すべき文脈を観客に向けてどのように提供するかということを考えています。作家との関係がフェスティバルの回をまたいで継続することは方針としてありました。一回で何かやって終わりということではなく、アーティストと一緒にフェスティバルをつくっていく。そうすることで、ここで発表したいと思える場をつくっていこうということを意識しています。

インターナショナリズムと流通

中馬:国際演劇祭やヨーロッパのフェスティバルと言った時に、インターナショナルという感覚が何を指しているものなのか分からない。インターナショナリズムとは一体何なのか。ここの国のこういう人たちがこういうことをやっているから、それを日本に持ってくるというのは、凄く危険性があることではないかと私は思う。輸出輸入であって、貿易みたいなものですよね。それをどう捉えるかというのは凄く気になる。
一方で、創作はマネをすることから始まる面もあるわけです。例えば、何らかの偶然か必然かで、アーティストの中に、いままであったあるコンセプトが現れてそれを学習した時に、マネをする。stealingする。盗って、それから変換して、あるいはdeleteもする。フェスティバルがどういう風に展開するかもその学習過程の中にあることだと思う。あるアーティストのコンセプトがあって、それが誰にとって新しいコンセプトであるかは明確ではない。だから、キュレーターとして発信する人たちのクリアな言葉のメッセージはこれからもっと重要になっていくと思います。

武田:日本の演劇界では観客の動員数や、こういう人が活躍していて有名です、などの基準でしか演劇を語れないことが多かった。そんな中で、ある作品の位置づけをする。プログラム・ディレクターという個人によるディレクションのもとに、この作品にはこういう価値があるんじゃないのというプレゼンテーションを、時には演劇を知らない人にも分かるよう提示する。それに対して観客がきて批評家がきて議論が起こってという流れが起こる。しかもそこにある資金が集まって、一定規模の劇場とアーティストが参加してという大きな流れが起こる。私がここで言う「ヨーロッパのフェスティバル」というのは、こういった動きのことです。この動き自体つくるのが日本では簡単なことではないので、自分たちの役割として、こういった社会とフェスティバルの関係をつくることが一つのキュレーションとも言えるのではないかと思います。

武藤:フェスティバルやプログラムを立ち上げた時は、お金がなんといっても先なので、やはりプラグマティックにお金をとれる手段や戦術を編み出すと思うんです。それであとから意味をつけていく。最初に理想を立ててそれを実現するという風には物事は進まない。あとから、どうやってもっとよく機能させていくかを考える。F/T が出してきているテーマを見ると、最初はすごく手探りしてたんだろうなあと思う。例えば、“パフォーミングアーツを社会に開く”、“アートは何を語れるのか”という時、どこに向けて何を言ったら一番効果的なのかを考える必要がある。どういうコンテクストの中に球を投げていくのか。それが中々出てこないなと毎回思ってた。しかし、昨年の東日本大震災が起き、パブリックができあがった。F/T にとっては非常に球を投げやすくなったと思う。にも関わらず、震災が起きたのにまだ“私たちは何を語ることができるのか?”と言っている。それにはすごく不満を感じます。もっと具体的なことを提示できないのかなと思ってしまう。プログラム・ディレクターが個人で責任を負っているといっても、やはり背後に合議的なものが見えてしまう。責任を担う強力な主体がないように感じてしまうんです。
アジアのフェスティバルの中で、昨年2011年のシンガポール・アーツ・フェスティバルは素晴らしいと思った。“I Want to Remember”というテーマを掲げていて、記憶や歴史とわれわれがどういう風に関わりを持てるのか、そういう非常に漠然としたテーマなんですが、海外から呼んだものであろうが、市民参加型のものであろうが、そのテーマをありとあらゆるものに一貫させていた。いろんな角度、いろんな媒体で“I Want to Remember”が変奏されていた。要するに、記憶を扱ってるダンスだったり、個人の記憶に観客が思いを及ばせてしまうような参加型の演劇であったり、あるいは街頭では移動カラオケブースみたいなものがあって市民がオールディーズのカラオケを歌うイベントをやっていたりとかで、いろんなかたちで文脈もバラバラなんだけど、全てのプログラムが“I Want to Remember”にかかってる。それは別に芸術のトレンドがどうだとか、ジャンルとジャンルの横断がどうだとか、そういうアート業界的な話ではなくて、市民の生活に対して何が言えるのか、どんな関わりを持てるのかという考えがあったんだと思う。そういう方向でものを考えた結果、“I Want to Remember”で行こうとなって、こういう球もこういう球も投げれると、やっていったんじゃないか。
それで、インドネシアでフェスティバルに関わった時に、シンガポールみたいに社会の中に関わりをもてるようなメッセージ性のあるテーマを考えようよと言って“What Makes a Move?”というのを提案したら、しばらくして“Let’s Move”に変わっていた(笑)。“Let’s Move – Outreaching Possibility”、これではメッセージ性も何もない、抽象的なお題目にすぎない。自分たちの活動の地盤を見ることは本当に難しい、ということを改めて感じた。どういう空間の中でどうやって動くのか、それが身体性ということだと思うんだけど、そこがなかなか見れない。アジアの中でダンスをつくるって難しいな、身体を考えるって非常に難しいことだなと常々感じる。