後編|クリエーション記録《ダンスタイムカプセル》滞在制作 @芝の家|2
Text|木村玲奈
11月29日(金)晴れ
芝の家滞在8日目
外から芝の家の中を見たら、ものすごく賑わっている。
12:00 到着。
スタッフはAさん、Bさん。
どうやら今日は「コーヒーの日」ということで、ご近所のご婦人方がお茶しにきていた模様。手前のソファーと椅子のところで5、6人くらい 楽しそうに話していた。
今日は金曜日なので、スタッフのCさんが以前教えてくださったケータリングカーが芝の家の裏にくる!ということで、お昼ご飯を買いに行ってみた。本当にすぐ裏に車が停まっていて、行列が。並びながら何を食べるか考えた。アボカドハンバーグやタコスがおいしいこと、温玉のトッピングのことをCさんからお聞きしていたので、アボカドハンバーグの温玉トッピングにした。ソースは4種類あって自分でかけられるようになっていたので、ジンジャーソースにした。
芝の家に戻り、真ん中あたりの床に座る。すぐ向かいにはご夫婦でコーヒーを飲んでいる方がいた。私はそのお二人の目の前でハンバーグを食べ始めた。
前にもお会いしたランチを芝の家で食べるという女性がいらして、「こんにちは!」とご挨拶。髪の毛がショートカットになっていたので、「髪切ったんですね!お似合いです。」などなど、少しお話し。
もう1人女性がいらした。スタッフ Cさんのお友達で、ずっと芝の家に来たいと思っていてやっと来れたのだそう。私と近い東京のエリアから来たことがわかり、お話しが始まった。女性のお名前は、Dさん。《ダンスタイムカプセル》について興味を持ってくださったので説明しながら、コンテンポラリーダンスの話になる。活動や、今取り組んでいるいくつかの作品、プロジェクトについてお話しした。
スタッフBさんが「コーヒー飲みます?京都のコーヒーと、麻布十番のコーヒーどちらにしますか?」と聞いてくださったので私もDさんも麻布十番のものをお願いした。綺麗で可愛いカップに入ったコーヒーが数分後運ばれてきた。美味しい。
Dさんは、その後Bさんと少し話し、そろそろ行かないと!と言って出ていかれた。
スタッフAさん、Bさんと雑談。
私はハンバーグを完食。
いつの間にかお昼を食べにきていた女性も、後ろでお茶会していたご婦人達もいなくなっていた。私の向かいに座っていたご夫婦も、気づいたらお弁当を買って戻ってきていて、お昼を食べていた。
Eさんご夫婦
向かいに座っていたご夫婦はEさんといい、芝の家が前の場所にあった時(始まって2年くらい経っていたとき)から来ているとのこと。お話しさせていただく。
東北から芝浦に来て53年。お母さんのご実家は、昔よりは雪が降らなくなったけれど冬はとても寒いところだそう。お父さんもお母さんの近くの町の出身なのだとか。
港区に引っ越してから住んでいるマンションの前には / 後ろには 運河が通っている。
昭和42, 43年頃のお台場の話。
台場の形だけあった/ 子供達が品川の方から回ってサッカーをしていた / 竿を貸してくれる釣りのお店がありみんな釣りをしたりしていた / 何もなかった
インタビュー4人目
【Eさんご夫婦にインタビュー】
「モノやこと 建物や風景 身体も いつかなくなってしまうから、ダンスタイムカプセルで残したい記憶などはありますか?」
───運河を残したい
お父さん: 運河祭り(10月末)があって船で渡った時の写真を見せてくれた / 美濃部亮吉
都知事の時(1980-1984)は運河の掃除に力を入れていたので綺麗だった / 今は汚い / 近くに汚水処理場があり その上が公園になっている(芝浦中央公園) / 藻塩橋の下に黒鯛がいて 散歩の時いつも見ている
私はGoogleマップを見ながらお二人の話を聞いた。運河の場所を教えてもらった。お二人は、毎日5000歩は歩くよう心がけているらしい。ゆっくり歩くから時間でいうと1時間くらい毎日歩くのだとか。すごすぎる。
「一緒にお散歩する? 運河歩いてみる?」とお二人が言ってくださった。
「行きたいです!!!」となり、こぎん刺しの道具を持ってきていたので、スタッフAさん、Bさんに布や糸、針、図案をお渡し、Eさん達と運河へ向かった。この時 13:50くらい。
天気も良く 気持ちがいい。
お二人は姿勢が良くて歩く姿が若々しい。三田通りまで出て、ちょうど港区コミュニティバス「ちぃばす」が来る時間だったので、少し待って乗った。お二人のお名前と年齢を聞き、驚愕する。Eさんご夫婦に若さの秘訣をたずねたら、朝昼晩三食しっかり食べること、散歩、だそうだ。お父さんが「名刺とかある?」と私に聞いてくださったけれど、あいにく持ち合わせておらずで渡せなかった。お母さんは、「名刺って!」と笑っていた。
田町駅でバスを降り、お父さんは先にマンションへ戻った。私とお母さんは田町駅の南口を出て運河へ。運河にはボラがいて、昔は釣りができたけれど今は禁止されているらしい。運河を歩きながら、お二人の馴れ初めの話にもなった。お互い別々に上京していて、東京で初めて会ったのだそう。
話が弾んで、あっという間に藻塩橋が見えてきた。橋の下に着くと、お父さんが話してくれたように、黒鯛がいた。お母さんが「いっぱいいるでしょ〜」と指差す。
運河の曲がり角(芝浦橋あたり)まで行き、オバケトンネルを通って高輪大木戸跡まで行ってみた。高輪大木戸って何?って思い調べたら、門みたいな扉のようだ。江戸時代は町ごとに木戸を設け、自身番において警固させていたとのこと、知らなかった。https://visit-minato-city.tokyo/ja-jp/places/345
またオバケトンネルを通って戻り、芝浦水再生センターを眺めながらお母さんと記念撮影した。
港区立芝浦中央公園が水再生センターの横(上?)にあったけれど、静かな感じだった。平日だからかな?
帰りは芝浦橋を渡り、運河と並行する道を歩き、百代橋を渡ってまた運河の脇の道へ。
お母さんが本当に若々しいので、改めて若さの秘訣をお聞きしてみた。だいたい朝 昼 晩と決まったものを食べていて、サプリなどは飲まないけれど養命酒は欠かさないのだそう。すばらしいな〜と思う。
「ダンスって普段見ますか?」と質問してみた。音楽のコンサートは行ったことがあるけれど、ダンスは見たことがないそうだ。1月18日に芝の家に来てくれたらいいな、と思い《ダンスタイムカプセル》を渡すことを伝えた。
メモ帳をちぎって、
木村玲奈
振付家・ダンサー
1月18日13時頃@芝の家
《ダンスタイムカプセル》
踊ります
と書いて、お母さんに渡した。「木村玲奈、ダンス」で調べてもらったら何かは出てくることも伝えた。
芝の家に戻ると言うと、お母さんは帰り道を丁寧に教えてくださった。
「ありがとうございました〜!」
手を振って解散。
1人運河を進み田町駅へ行く橋を渡った。天気が良くて鳥も飛んでいて、動画を撮った。
田町駅からは知った道だ。本日二度目の芝の家に向かう道。だいぶ芝の家に近づいたころ、Whenever Wherever Festival 2025キュレーターの岩中可南子さんからメッセージが来ていたことに気づいた。なんと入れ違ってしまった!申し訳ないと思う反面、自分が居ない時間に岩中さんが芝の家で過ごしているのも何だか良い。芝の家に戻るも、岩中さんは既に出た後だった。「さっきまで岩中さんいたんですよ〜!」というAさん。岩中さんの残り香 / 気配 を探しながら、一息ついた。
「お散歩どうだった〜?」とスタッフAさん、Bさん。経路を話したりしていたら、散歩したこともあり眠くなってしまった。でも小学生たちが来ていて、Fちゃんが私の携帯で写真を撮り始めた。眠さもあるし、Fちゃんが撮る写真にも興味があったので、そのまま撮ってもらう。Gちゃんは、色んな目ができるんだ!と言って見せてくれた。寄り目、離れ目、涙袋を出す、ウインクなど。すごいので、動画を撮らせてもらった。
Fちゃん、Gちゃんとやんややんやしていたら、後ろで聴いたことのある声が。
15:45くらいに友人のHさんが到着。少しだけど、芝の家で共に過ごした。
16:00になり、バタバタとみんな帰っていったが、ひとりの女性がやってきた。
Iさんだ。昭和16年生まれだそう。芝の家音頭の歌詞を決める日にもお会いした。エネルギーを感じる素敵な人。
Iさん、Aさん、Bさんに挨拶して、Hさんと一緒に芝の家を出た。田町駅で解散。なぜか最後ギリギリまで、うまい中華屋の話をした。多分、帰り道で芝の家のスタッフJさんに教えてもらったオススメの中華屋を見たからかもしれない。