町のなかのダンスと「劇場らへん」——木村玲奈《ダンスタイムカプセル》と岡啓輔《蟻鱒鳶ルトーク》|1
Text|石見舟
Whenever Wherever Festival 2025レビュー
1.
2025年1月18日ダンサー・振付家の木村玲奈は港区芝3丁目の「芝の家」で《ダンスタイムカプセル》お渡し会+埋める日を行った。コミュニティ・スペースとして16年続くこの施設に14度通った木村は、この日そこの常連である4名へ「タイムカプセル」を渡すのである。私たち観客はそれに立ち会うこととなる。プロジェクトの題名を読んで、それがダンスとして「手渡される」ことを私は疑うことなく期待していたのだが、しかしその期待は奇妙な仕方ではぐらかされることとなった。そこで木村がしたことは何だったのか——本評はそこから書き起こし、そして建築家・岡啓輔の蟻鱒鳶ルを参照して、町のなかのダンスということを考えてみたい。
《ダンスタイムカプセル》お渡し会+埋める日は、4人の芝の家の訪問者を一人一人相手にして、木村が計4つの「カプセル」を渡す。しかしそれは、カプセルと呼べるような、つまり蓋をして閉じ込めることができるような物体ではない。しかしまったく物体を使わないというわけでもない。むしろ各セクションは、小道具をめぐって展開される——それぞれ、即席カメラ、コーヒー豆とマグカップ、紗布、耳栓とあやとり紐といった具合だ。木村は、その場に臨席している相手に語りかけ、その人を私たち観客に紹介する。今回4人の内1人が欠席だったが、そのときは木村が全員に対して語ることとなる。語る内容は、木村とその人との出会い、芝の家でのエピソード、そして木村が投げかけた質問「モノやこと 建物や風景 身体も いつかなくなってしまうから、ダンスタイムカプセルで残したい記憶などはありますか?」[*1]への回答と、そこから着想を得た今日渡す物についてである。そしていよいよ「お渡し」となるのだが、緻密に計算された振付が提示されることはない。それどころか、観客全員で木村の身体運動の行く末を見守るというような時間もあまりない。3メートル×7メートルほどのひと部屋にソファやピアノ、机椅子が心地よく置かれた芝の家では、そもそも一人の身体をじっと見ることができるような「距離」を取ることが難しいからだ。
最後の「宇宙」と題されたパートはあやとりを用いる。この日観客は芝の家へ入場するときに、一つのガチャポンのカプセルを受け取っていたのだ。そのなかには耳栓とあやとり紐が入っており、それをこのパートで使うよう促される。4人目の受け取り手であるIさんと木村だけが耳栓をせずに、道に面した大きな窓を背に座る。そして二人でラメの入ったマニキュアをし、座ったまま、NHKの体操番組のような足踏みや腕の振りをしている。その間観客は、中央のテーブルに広げられた野口広著のあやとりの教則本を見たり、あるいは自身の記憶を引き出したりしながら、何かの形を作り出そうとしている。次第に観客たちは互いの手の動きを見ながら、木村とIさんを見なくなっていく。——私はあやとりで東京タワーを作ろうと何人かの観客たちと躍起になっていたのだが、あきらめてふと窓に腰かける二人を見た。耳栓で明瞭には聞き取れないのだが、いや、それだからこそ、知っている単語が、前後の助詞とともにかすかに聞こえてくるのだった——「マミアナチョウの方の」「マミアナチョウ?」「うん、マミアナチョウ」。私にはこの光景が、SF映画で宇宙飛行士が時空のねじれの果てにたどり着いた故郷の惑星で目にする光景であるかのように思われた。私の知っている地名、光景であるはずなのに、まるで何光年も先のねじれのなかで遭遇したかのような「遠さ」を覚えたのである。その時空のねじれのなかで、木村と、港区にとても長く住まわれたのだろうその女性が、《2001年宇宙の旅》のスター・チャイルドのような胎児にも見え、また同時に自分よりはるか数世代前の先祖のようにも感じたのである。別の言い方をすれば、その二人が私の子ども、あるいは孫であるかのような感覚に襲われていたのだ。二人は、私の視線を気にも留めず、ラメ入りのマニキュアを塗りあって手をパタパタと振って乾かし、夕日にかざしてそのきらめきを見ている。やがて終演の時間が来て、このパートは終わった。
先ほど述べたように、木村は芝の家の人々にこう尋ねた。「モノやこと 建物や風景 身体も いつかなくなってしまうから、ダンスタイムカプセルで残したい記憶などはありますか?」。これを私は死神の宣告のように受け取った。頭では理解し、また特にこの五輪開催決定以来の15年、足や目、皮膚感覚で疑う余地もなく知っていた、故郷港区の喪失を、こんなにもあっさりと突きつけられ、しかも芝の家の人々は特にそれに対して拒否反応を示すことなく回答している。おそらく、同じ港区に住む私にとって、この質問と回答がこの地で成立するのを受け入れるためには、SF映画の連想を経由しないでは措かれなかったのだ。この私の極個人的な連想は、しかしながら、あながち無理筋のものではなかったらしい。というのも、そのあやとりの教本にこう記されていたからだ——「あやとりは宇宙である。」この一言は少なくとも私にとって、《ダンスタイムカプセル》の謎を解き明かしてくれるような衝撃を持っていた。しかし木村は別に、あやとりを入り口として、その日の観客全員を宇宙旅行のイメージへ誘導したかったわけではないだろう。[*2]私がそれを宇宙旅行だと感じたのは、耳栓とあやとりという小道具によるところが大きい。観客ひとりひとりが耳栓をして互いの音を聞きづらくなることで、各人が互いを遠く感じる。さらに、あやとりによって、孤独な人々は指先の動きに意識を向ける。そのとき両手のあいだでは「橋」や「東京タワー」を作るという、実寸よりもはるかに大きな事業を遂行しているのだ。耳栓とあやとりによって体感の縮尺を変化させることに成功し、それによって芝の家の空間の「狭さ」を感じさせずに、むしろ「宇宙大」にまで拡大させたのである。
木村は、身体のムーヴメントの連続を、無言(ないし台詞)のうちに観客に見せるという意味での「ダンス」を企てない。また、ダンサーでない人の身体の動きを「ダンス」として見せようともしない。つまり、人間の所作の見え方を、場所の設定を変えることで「美的」に変質させようという意図はないように思われる。かわりに木村がここでなしとげているのは、〈言葉と身体の関係の結び直し〉である。木村のこのダンスプロジェクトでは多くの言葉が交わされている。会話によって木村は他者へ呼びかけ、アクションへの参加を促すが、それは他者の身体を操作するためになされるのではない。つまり振付の指示ではないのだ。木村の会話によって感覚される「身体」とは、他者に見られることを積極的に肯定し、動かされる心構えができているような振付の対象としての身体なのではない。そうではなくて、それはあくまでも町のなかを歩き、建物のなかで腰を下ろし安らうような身体のことである。町とつながるような振付の考案を通して、つまりノン・バーバルな方法で町との回路を持とうとはせずに、むしろ振付にはならない会話によってその回路を築くことを木村は試みる。私たちが芝の家という建物のなかでダンスプロジェクトを見るとき、私たちが港区芝三丁目という町のなかに確かにいることを忘却させないように、会話は絶えず行われる。あのとき私が感じた「宇宙旅行」という感覚は、町のなかにいたにもかかわらず、そこから隔たっているような感覚にあったからこそ可能であったのではないだろうか。一見矛盾しているようだが、時空のねじれへの宇宙旅行は、町との回路があるからこそ可能だったのかもしれない。
- Body Arts Laboratory Report、木村玲奈「前編|クリエーション記録《ダンスタイムカプセル》滞在制作 @芝の家」よりBack
- 「お渡し会+埋める日」のあと《ダンスタイムカプセル》はWhenever Wherever Festival 2025、2日目の会場である芝浦のリーブラホールで「報告会」を開いた。その際、会場の狭いロビーに合計3枚の手書きの壁新聞が貼られ、木村の文章のみならず「お渡し会+埋める日」の観客の感想が、同様に手書きでずらっと並べて掲載されていた。壁新聞によれば、木村はIさんがプラネタリウムが好きなことに着想し「宇宙」というタイトルを考えたらしい。そして芝の家のなかで二人きりの空間を作って「デュオダンス」を行うために観客に耳栓を装着させたかったようだ。Back



