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参加型盆踊り会「オルタ“ナラティブ” Bon Dance!」(WWFes2026 オルタ “ナラティブ”と living space(s)、2026年2月8日)|Photo: Hideto Maezawa

Whenever Wherever Festival 2026「オルタ“ナラティブ” Bon Dance!」レビュー

1. 盆踊りという、いくつもある事象

2026年2月のWhenever Wherever Festival(WWFes)では、西村未奈さん企画の盆踊りが実施されて、2023年2025年に続きもう三度目で、今回は「オルタ“ナラティブ” Bon Dance!」と銘打つ盆踊りのゲストとして私も三回連続で声をかけてもらい、何かタスクを提示されるでもなく、いつものように自由なノリで踊ってとの体裁でオファーを受けた。それなりにこうしたことをしてほしいと言ってもらえるとこちらも助かると思っても、三度目となるともはや私の踊る動作やノリが空間にどのように響くか、WWFes運営チームが共有しているらしく企画事前のやり取りをオンラインで若干したが、結局は踊り曲の相談程度で話は終わり、決め事はほとんどなかった。

最低限の盆踊り事情は説明が必要なので記すが、「盆踊り」と「盆踊りイベント」は性質が異なる事物と私は思う。私自身は名古屋で幼少期から盆踊りに出向いているので、盆踊りの空間状況と言えばまず名古屋で私の育った団地盆踊りを視点基準とする。固有定点からのポジショントークとならざるを得ず、盆踊りは説明不可能性が多大にあるのを予め断っておきたい。

その上で、基本的に名古屋の盆踊りは小学校学区を単位とした夏場の地域行事が主軸で、その場の大多数は踊りを楽しみに来てなどおらず、友達みんなと祭りに繰り出す地域の子供たちだったり家族、また町内会やPTA役員に選出されてタスクの持ち場を担う人々、行事やレクリエーションが大好きな人もいれば嫌々やっている人もいるわけであり、友達と夜に遊ぶのは楽しいけども盆踊りはうるさくて流れる曲もダサいし好きではないけれどこの地域にはこの祭りしかないからここに来ている、という子はたくさんいる。盆踊りを仕切る人の工夫や盛り上げがうまくて、子供も大人もたくさん踊っている会場も色々あるが、それは全体における少数だ。場の中心で踊る人がいくらいようが、お祭りに集う圧倒的多数は踊らない人だというのが名古屋の盆踊りらしい光景だ。

盆踊りイベントが盆踊りとどう違うのかと言えば端的に、夏かそれ以外の季節の実施かの区別と見て取りたくなるものだが、それより私が重要視したいのは、盆踊りイベントの場合はほぼ踊り愛好者しか場に集ってない出来事、という点だ。

とはいえ、場に集う人が踊る人だけ、との点は山村の民俗行事などもそうであるものが多々あり、盆踊りイベントがかつてどこにもあった素朴な盆踊りの様態と近しい出来事、と言われればその通りですと返答せざるを得ない。しかし私の関心で見るならばやはり盆踊りと盆踊りイベントは分けて捉えたくなる。幼年期から思春期にかけて楽しみに繰り出した盆踊りは、踊る人は多くなかったから。

数年前まで、夏場の盆踊りだったり盆踊りイベントを踊った直後に文章で感慨を記述することにハマっていて、私はそれで自主制作小冊子を何冊か出したりもしてきたが、基本的に踊った時点から日を跨がない間に熱と記憶が冷めきらぬ段階で記すもので、この文章は執筆依頼をもらったのが催し実施から二か月半が過ぎた頃で微細な瞬間の体験記憶は忘却されつつあり、それでも書けるものは何だろうかと思案しつつ書いている。

2. 盆踊りの縁、それだけでなく個人的な縁

今回のWWFesは、2月7日(土)と8日(日)の二日間それぞれで盆踊りにまつわる催しが企画された。8日のプログラムの一番最後に来場者全員で踊る盆踊りのほか、前日7日にはダンサーの福留麻里さん企画による盆踊りワークショップを実施するとの連絡を、予めもらっていた。これを聞いた私の率直な感慨を申せば、盆踊りを専門的に実践しないダンサーがよくやるタイプの盆踊りワークショップ手法だというもので、ワークショップで出来上がった盆踊りがその後に何かで踊られることはまずないだろうので、実践前から正直言えば物足りなさを感じてしまっていた。

盆踊りとはなかなかカテゴリ化や一般化のしづらい事物であるけども、大まかな家族的類似がある。歌や踊りや楽曲がある程度の長い年月で踊り続いた実態だったり、踊りを新規で作るにしても踊り続くことを期待し念頭に含めていたりする。そうでなく後の世に残ったものも多々あるだろう、それらは場のノリや勢いでのアレンジだったり改変だったりするのではないか、そうした実例を私自身いくつも見聞きした。

戦前1932年の東京音頭(丸の内音頭)の誕生を契機として育まれた、音楽出版社ビクターと民踊団体との協働による盆踊りビジネスは今の世にも続き、毎年新しい盆踊り曲と振付が発表されては半ば強制的に都市部の地域盆踊りで踊られているけども、その大半は一年から数年で消えていき、踊り愛好家の集まりでマニアックに踊られるのみとなる。そんな雑感が思念を漂い、名古屋から東京へ向かうこととなった。 

WWFesの土日の前、既に金曜日に私は東京にいて、新井薬師にある「喫茶Mみー」という喫茶店を訪ねていた。ここは盆踊り仲間のりほさんが運営する喫茶店である。そこには、東京の盆踊り好きで知らない人はいないだろうつぐみくんが、りほさんと共にお店に立っている。喫茶モーニング文化の根付く愛知県一宮出身のりほさんが想いを込めて作りあげたコンセプチュアルな喫茶店であるそこには、その日私は友達のイラストレーターぴょんちゃんと訪れた。ぴょんちゃんは私の十年来の仲で、偶然にもぴょんちゃんはりほさんともかつてからの友達だとのことで、そんな縁があったことには大変驚いた。

つぐみくんは、名古屋の「盆踊りフェスタ」、三重県四日市市の「よんてつ」などエクストリームな盆踊りイベントでアグレッシヴにノリノリで激しく楽しく踊っているのだが、つぐみくんが東京で踊る姿においては盆踊りを嗜む人々は誰もが息を飲んで見つめ、隋一の技芸に惚れ惚れして眺めていることだろう。

かつてつぐみくんはテレビでも取り上げられ、歌舞伎舞踊の先生に師事して所作を極めていることなど、著名な踊り手として私もテレビを見て知っていたので、初めて実物のつぐみくんを見たときは感激した。コロナ以降に、前述した「盆踊りフェスタ」「よんてつ」などで関東中部関西の盆踊り好きの交流が急激に深まった過程で、私もつぐみくんと知り合い、ふざけた踊りを楽しみ合える仲となった。ほんとうに不思議なものだ。

そんなつぐみくんは盆踊り会「人と地域を元気にする盆踊り実行委員会(人盆)」に所属してもいて、この会の代表は北島由記子さんで、北島さんには過去の二度のWWFes盆踊りでもとてもお世話になっていて、「人盆」は東京都港区を拠点に活動し、WWFesの盆踊り企画に過去二度も参画してきている。

北島由記子
(人と地域を元気にする
盆踊り実行委員会 代表)

君島つぐみ
(人と地域を元気にする
盆踊り実行委員会)

WWFesがどうして東京都港区の助成制度を活用して東京都港区を拠点に活動しているのか経緯や理由を私はまるで知らないが、なぜ「人盆」と協働するのかといえば東京都港区の文化助成(正確には「港区スポーツふれあい文化健康財団(Kissポート財団)」の助成制度)を活用しているからであろう。仮にもし東京都墨田区の助成を活用したなら墨田区拠点の盆踊り会と協働していただろうし。だのでWWFesの場で私がつぐみくんと会うのは偶然性が高い事象となる。

そもそもの話、私がこのWWFesに呼ばれた経緯自体も偶然と言ってよい。盆踊りに関心を持つ以前に私は名古屋でダンス/演劇/現代美術等の鑑賞批評サークルに参加したり表現者の集まりに素性がわからないアウトサイダー的に出入りしていて、そうした集まりには劇作家岸井大輔さんがしばしば呼ばれていたりして、岸井さん主催のとある長野県での企画で舞踊研究者の武藤大祐さんと知り合い、その武藤さんが私を未奈さんに紹介してくれた、というのがWWFesに携わるに至った経緯だ。だから私の参画は全く必然性がなく、なぜ東京都港区芝浦で催す盆踊り企画に名古屋在住の私が呼ばれているのか、未だに説明し難い。

「盆踊りフェスタ」「よんてつ」などの盆踊りイベントや地域盆踊りで盆踊り好き同士がたまたま出会うのであれば偶然性はない。それと違い、つぐみくんも私もまるで異なる事由からこのWWFes盆踊りへの参加を促され、つぐみくんは「WWFesが東京都港区で盆踊りをする」条件がなければ参加することはなかったはずだ。WWFesが東京都港区で実施する必然性はなく、ダンスフェスなのだから盆踊りをやる義務もない。

武藤さんがなぜ未奈さんに私を紹介したのかを考えると、盆踊りを文章記述したり構造分析を試みる実践を私がしている点を面白がってくれたからだと理解でき、未奈さんがダンスフェスの枠組みでどのように盆踊りを実践し批評的に捉えるかという、思考的協働を武藤さんは私に期待した、と私は捉え、そうだと思っている。金曜日のりほさんとつぐみくんのお店は、他にも親しい盆踊り仲間がたまたまやってきたりして、私は居心地が良すぎて5時間も居座り、心底くつろいでしまった。

3. 踊ることは遊ぶこと

明くる土曜日夕方、福留麻里さんの盆踊りワークショップが始まるか始まらないかのとき、SHIBAURA HOUSEの空間内で誰かしらが即興的パフォーマンスだか衝動だかで、蠢きながら声を放っていた。いくつもの実践が敷居も隔てもないさほど広くない空間内で同時多発的に何かが繰り広げられる、というのが今回の催し全体での狙いとのことだ。お隣りのテーブルではDICチップが並べられてカラーコーディネートの相談コーナーができたりもしていた。

わらわらと人が集まり、ワークショップ「私的で公共空間的な振付——小さな動きからつくるミニ盆踊り」が始まると、その中には演劇作家の篠田千明さんもいた。

篠田さんは2015年に福留さんや先述した岸井さんと「非劇」という演劇作品で協働され、WWFes運営チームのダンサーAokidさんも出演しており、その公演は私も観に行ったものだが、その翌年のとある戯曲賞では私が応募した戯曲を篠田さんに審査してもらうなどもして、縁があった。

そうしてワークショップには7、8人ほどが集まって、途中参加者もいた。SHIBAURA HOUSEに設えてある植栽を囲んで輪となり、福留さんのファシリテーションでひとりひとりが声や言葉と動きでワンフレーズを作り、ヨガの動作だったり盆踊りの所作、ダンスとも何ともいい難い蠢きなど、各人がアイデアを出して誰かの助言で手直ししたり、順番を入れ替えたりして小気味良い流れを作った。手を叩く回数やタイミング、どの動きからどの動きへ転じた方が面白いかなど、ここぞという場面で篠田さんがアイデアを出した。

現代で実践される盆踊りのほとんどは、機械装置で音を鳴らしてそれに合わせて踊る形式である。岐阜県の白鳥拝殿踊りなど希少な前近代習俗が残る文化はそうでなく、楽器も機械も用いず声と踊りと手の叩きと下駄の音のみでアンプラグドで踊る。だので声と体と動きのみで踊りを作って楽しむ営為は、現代のダンスレクリエーションではありふれたものかもしれないが、現状の盆踊り文化では極端に稀有だ。

ワークショップで出来上がったものは素朴に盆踊りと見做せると言い難かったが、福留さんの意図がどうあれアンプラグドで素朴な踊り遊びは、盆踊りの根源にもある。


福留麻里ワークショップ
「私的で公共空間的な振付
小さな動きからつくる
ミニ盆踊り」

4. 誰もどなたも踊り子様よ

日が変わり日曜日、SHIBAURA HOUSEに赴いてまず写真家の西澤諭志さん、金川晋吾さん、かんのさゆりさんによるディスカッション「写真家とは何をしている人たちなのか——自分たちが何をしているのかを考える」を私は聴いた。この日も空間内では様々に人々が蠢いたり声を放っており、それらの喧騒で三人の対話はよほど耳を澄まさないと聴き取れなかった。興味深く言葉の断片を聴き取りつつ、けれども盆踊りの準備があるので私は途中抜けをした。

そうしているとあすみさんがやってきた。あすみさんは昨年のWWFes盆踊りにも来てもらったのだが、私が小学生2年の時の友達であり、今から数年前に34年ぶりに名古屋の盆踊りで再会したとの間柄だ。つまり私とあすみさんは幼年期の名古屋の原体験の盆踊りを共有し、なおかつコロナ以後の名古屋の盆踊り好きのムーブメントの活況まで共有している。現在は関東に暮らすあすみさんには、この企画の名古屋仲間として来てくれたら心強いと、是非ともと協力してもらっている。そして北島さんやつぐみくん、またジョーさんやノラさんといった私もなじみのある「人盆」の皆さんもやってきて、いよいよ三回目のWWFes盆踊りが始まった。

このとき盆踊りに集った人は全体で30名以上といったところ。まずは昨日のワークショップで作った盆踊りを実施した。福留さんや私やこの日にも来ていたワークショップ参加者がひととおり踊りを解説してから踊った。

「人盆」の皆さんは一目で踊りを覚え体得して踊り、そんなことは造作もないのだろう。というのも実は「人盆」は素朴な地域盆踊り会ではなく、日本各地の盆踊り好きにその名を轟かす技芸集団であり、すこぶる踊りが巧みというだけでなく各人が膨大な数の振付を体得し、さらには北島さんやつぐみくんに至ってはいくつもの盆踊り振付をもしており、それらは盆踊り好きに高く評価されている。この日は北島さんが振付した「ダイナミック琉球」、つぐみくん振付の「チャンカパーナ」「Happiness」なども踊った。

このときの盆踊りの最中について私はとにかくいつものように大声を出せるときは出し、跳ねる曲は跳ねた。東京の著名盆踊り好きのオレンジさんも来てくれたので大声を被せ合ったり、物理的に限りある空間だから人が密集してさほど機動性が駆使できるわけでもないので、それでも難度の高いアドリブ踊りをしてみたらばすぐさまつぐみくんが応じてくれたり、未奈さんが踊って楽しそうな顔してたり、先ほどトークをしていた金川さんも踊っていたりして、ダンサーやダンスフェスに来た人々が熱烈に踊っていた、というくらいの漠然とした感じしか今はもう覚えていない。

踊っている最中の状況や質感は、踊った直後から抜けて消えていく。情感や微細な事象を書き留めたいときはなるべくすぐ、帰る電車の中などで書き連ねなければならない。

5. 縁と周縁

さてこうして書いてきた文章は、いささか個人主観と個人的な関係性をいくつも記している。客観的で俯瞰の立場の批評文とはどうしてもならないので、私個人の「縁」を念頭に、幾人もの人々との関わりやつながりを書いた。「縁」は、人々が偶然や必然、何かしらの事情でつながり、往々にしてポジティヴな意味で使われる語だ。縁は元は仏教用語であるけども日常的な言葉でもあって、「地縁血縁」との語もあるが縁の一字では運命とまでは言わない邂逅、連携、親密な様態などを指すことが多い。「地縁血縁」のように縁に一字足されるとがらり意味合いが変わる。因縁、内縁、額縁、など。

「周縁」もそのひとつだ。周縁とは、中心の対立語として、疎外されるもの、追いやられるもの、中心にいるものと対峙する無数の立場の総称を示したりする。 東京とその他、名古屋と周辺地域(岐阜、三重、郊外、山村)など、往々にして周縁はネガティヴで不遇な意味合いで使われやすく、中心の所業で周縁同士の対立が体よく仕組まれたり、反対に中心と対峙するためいくつもの周縁が手を組むこともある。

WWFesという催しは、多彩な人々の参画が企図される催しだと見られる。私や「人盆」の皆さんや写真家の三名がダンスフェスという枠組みで同じ場に呼ばれているのはまさにそうで、とは言えあくまでコンテンポラリーダンスを主軸としたダンスフェスであるのも確かでダンサーやパフォーマーたちが中心にいるわけであるから、私もやはり周縁的存在となる。

そうした中心と周縁を考えるにおいては、東京都港区はまさに象徴的だ。東京都港区はキー局テレビ局五局すべてや大手広告代理店本社、ほとんどの駐日大使館が立地していたりと様々な観点から日本の「中心」といえよう。中心には周縁から様々な人々が集ってくる。だけどもそんな東京都港区で、ダンサーたちがSHIBAURA HOUSEというさほど大きくないガラス張りのビルで盆踊りをするのは、周縁的な営為だ。

右から:西村未奈、
田中瑞穂、福留麻里
左:人と地域を元気にする
盆踊り実行委員会の皆さん

「ダンサーたちがする盆踊りは周縁である」と言ってしまうと語弊があり、そもそも盆踊りに中心や周縁はあるのだろうか。東名阪など都市部の盆踊りにはある種の業界的アートワールドが形成されていて、先に説明したようにビクターという巨大資本が参画したり、盆踊り業界から一目置かれる人物や団体というのは確固としてある。

まさに「人盆」もそうであり、なのでWWFes盆踊りは盆踊りの業界的アートワールドの「中心」とも連帯して催しを実施している。そうなると決して周縁とも言えない。しかし、盆踊りと言えども例えば白鳥拝殿踊りを嗜む人々にとってみれば、盆踊り業界の中心は別に中心でないだろう。また、白鳥拝殿踊りの場にも携わる人々の間には中心と周縁があり、それはあらゆる民俗芸能がそうであるし、民俗芸能に限らず人の集まりは全てそうだ。

ワークショップで私自身が提案した動作は、愛知県安城市での定番踊り曲である「夢美人」の振付の一部だった。「夢美人」は前述したビクターが40年近く昔に売り出した盆踊り新曲で、現在はあらゆる地域で忘れ去られる中で、安城では現代も熱狂的に踊られる。

東京都港区はかつて、徳川の時代は幕府権力中枢の譜代大名家の屋敷が数多く立地し、江戸城を守り抜く砦と位置した。特に「安祥譜代」と呼ばれる徳川最古参幹部は元々は安城を拠点とした勢力で、家康側近の酒井、大久保、本多、阿部、石川、青山など幕閣を輩出しまくった家系は、まさに現在の芝、青山、三田、赤坂、麻布、高輪など、港区主要地に拠点を置き、つまりは東京都港区とは愛知県安城市にルーツを持つ武力勢力によって固められた地だとも言える。港区一帯には島津、毛利、伊達など大物外様の上屋敷が建ったが、徳川を守り抜く外様監視のために譜代の屋敷は散在的に配置された。

SHIBAURA HOUSEの建つ芝浦の地は、大正時代の埋立地であるので江戸時代はまだ海の中で、ダンスの文脈では昭和バブル期のジュリアナ東京が芝浦の象徴であり、たしかそれをワークショップで篠田さんが話していた。徳川の要として保全され続いたからこそ東京都港区の広大な範囲は戦後以後に再開発が繰り返され、現時点でも巨大資本と成り上がりたちが好き勝手にあらゆる周縁を貪り食っている。金による搾取のインモラルな合法化だ。

愛知県安城市で熱烈に踊られる「夢美人」の振付の一節を、安城拠点権力が支配を固めた東京都港区で踊る。これが何か、意味があるのかないのか私もよくわからないが、たしか福留さんはワークショップのときにSHIBAURA HOUSEの場や風景、近辺の雰囲気などから感じたものを動きのヒントにしてみては、と話していたと思う。

今回のWWFes2026全体のテ-マは「オルタ“ナラティブ”とliving space(s)」であり、その説明文を引用すると

包括的で牽引力のある、いわば強いナラティブに対し、周縁化されたナラティブの複数性に注目すること。そして、異なる個々のナラティブと、そこに立ち現れるさまざまな時間がもたらす断片が反射し、緩やかに交錯する状況。そうした場自体と出来事との影響関係が生成する、微細な変化のかたちをオルタ“ナラティブ”と捉え、プロジェクトを通して前景化することで、都市における場や共同的なあり方を探ることがこのテーマには込められています。

とある。

「周縁」という言葉がここでも使われていて、まさに「断片が反射し、緩やかに交錯する状況」はこの文章で記してきた人々とのいくつもの縁で、私自身も楽しみながら日々やってきているのだ、と捉えられる。「盆踊り」を、形式や性質を愛でて吟味するのもよいだろうが、こうして盆踊りで踊っているうちに偶然と必然が縁と周縁とを結び、まるで別々で知り合った人同士が交錯して、輪を結ぶ。

あと、私はこの催しへの参加においては金銭謝礼をいただいて、それには東京都港区で様々に搾り取られたものが含まれてもいるかもしれないと思ったりしたが、そんなことはあらゆる税や商品価格がそうだ。いずれにせよ、望ましい盆踊りに損得勘定はない。


田中瑞穂Mizuho Tanaka

1982年生。2010年頃から現代美術/パフォーミングアーツ鑑賞批評サークルに参加。2015年頃から文章創作を始め、同時期に夏の名古屋の盆踊りにて頻繁に踊り出す。2017年からは盆踊り関連の自主製作本を断続的に刊行。書くことと踊ることが相互連関している。自主刊行物として、盆踊りコラム/エッセイZINE『愛と勇気で踊りましょ』1~6号、自主編集誌『盆踊りの必要条件・構成要素』。「第16回AAF戯曲賞」「かながわ短編戯曲賞2020」「同2021」「同2022」にて最終候補。演劇公演「なめてさわぐ(2021年)」に戯曲を提供。


参加型盆踊り会「オルタ“ナラティブ” Bon Dance!」
2026年2月8日
企画:西村未奈、福留麻里
企画協力・ゲスト:田中瑞穂、人と地域を元気にする盆踊り実行委員会

Whenever Wherever Festival 2026
オルタ “ナラティブ”とliving space(s)


living space(s)
2026年2月7日-2月8日
SHIBAURA HOUSE(東京都港区)

主催:一般社団法人ボディアーツラボラトリー
助成:(公財)港区スポーツふれあい文化健康財団〔Kiss ポート財団〕、アーツカウンシル東京[東京芸術文化創造発信助成(単年助成)]芸術創造活動

Photo: Hideto Maezawa

編集部註——WWFes2023で盆踊りリサーチ企画「盆踊りアラウンドネス」(企画:西村未奈)が始動したきっかけとなった、北島由記子さん(人と地域を元気にする盆踊り実行委員会主宰)のインタビュー(聞き手:福留麻里)はこちらをご覧ください。